写真家・篠山紀信が語った「ジョンとヨーコ」のある思い出――仙田学の『女のコより僕のほうが可愛いもんっ!!』
女装をするにあたって髪型や服装はどうするかという話になったときに、まず思い浮かべたのがPerfumeのメンバーのかしゆかだった。当初はアイドルとしてデビューしていながら、グラビアページを飾る雑誌は青年誌ではなく『Vogue』や『an・an』。肉体なり着ている衣装なりをアピールするためのマネキンであるファッションモデルやグラビアアイドルが活け花の素材となる花だとすれば、Perfumeのグラビアには、音楽という表現活動を続けてきた痕跡が樹木の年輪のように刻まれている。
これまで書いてきた痕跡を残したいという思いからだったと思う。編集委員の市川真人氏に私はかしゆかの画像を何枚も送りつけ、黒髪ロングストレート前髪ぱっつんの髪型でいきたいと強弁した。快諾していただけた。
続いては衣装だ。いかに女性に似させるかを追求することには興味がなかった。それは絵画が写真のように現実に似ていることを目指すようなもの。私はあくまでも、女装をしている男性として、仙田学として輝きたかった。候補のなかから女装=女性の真似と解釈されそうなものを省いていったところ、浴衣とドレスが残った。どちらも衣装自体が女性性を象徴しているので、かえって私自身は素のままでいられるような気がした。マーメイドの形のドレスと迷ったあげくに、浴衣を選んだ。手脚から腋から陰毛までツルツルに除毛したことが完全に無駄な努力になってしまったが、気分の問題なのでよしとしよう。
生まれて初めて浴衣を着てみての感想は、「腹が痛い」のひと言に尽きる。銀座でメイクと着付けをしていただいてから市川氏の運転で有栖川公園に向かうあいだじゅう、猛烈な吐き気と戦った。おまけに大ぶりのつけまつげは違和感満載。慣れの問題なのだろうが、尋常ではない圧力で引っ張られるうちに目のまわりの筋肉が痺れだし、風邪でもひいたかのような頭痛に苦しめられた。
ところが岩の上に移動した途端に、頭痛と吐き気は治まった。篠山氏から指示されるがままに、私たちはポーズを取った。釣り竿を手に立つ青沼氏の横で私が座っているところ。岩を渡ろうとしてよろめいている私に青沼氏が手を差しのべているところ。岩の上で私が青沼氏に抱かれているのは、釣り師と釣られた魚のイメージを表している(わかりづらいが、金魚の柄の浴衣なのだ)。
⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1311615
――もう少し背筋を伸ばして
――顎を反らして
指示は簡潔なものだった。撮られた枚数もそれほど多くはない。シャッターが押されるたびに、甘い痺れが体じゅうに広がっていく。歯科医で麻酔をかけられるときに似ていた。ひと区切りつくと、篠山氏は私たちを手招きして、撮ったばかりの画像を見せてくださる。嬉しそうに頷きながら。
青沼氏は全身黒のスーツ姿、私は普段着に着替えて、さらに数ポーズぶんを撮影した。全てが終わった後に、篠山氏と少し話をした。庭園灯の灯り始めた公園を見渡して、
「ニューヨークのセントラルパークでジョンとヨーコを撮ったときも、ちょうどこんな光のなかでね……」
と仰る。ジョン・レノンの最後のアルバム『ダブル・ファンタジー』のジャケットを撮影したときのことだという。時空のひずみに呑みこまれたかのようだった。4歳の長女に女装グラビアを見せたところ、「パパかっこ悪い!」と爆笑していた。
【仙田学】
京都府生まれ。都内在住。2002年、「早稲田文学新人賞」を受賞して作家デビュー。著書に『盗まれた遺書』(河出書房新社)、『ツルツルちゃん』(NMG文庫、オークラ出版)、出演映画に『鬼畜大宴会』(1997年)がある
<文/仙田学 @sendamanabu 写真/篠山紀信 写真提供/早稲田文学>
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