自称リベラルおじさんの矛盾と功罪【鈴木涼美】
彼の社会風刺や時事解説は鮮やかでも、目の前の女に対する扱いはクソである。そしてこれが結構アルアルだと私は思っている。女性の権利にうるさいリベラルおじさんより、家父長制の権化みたいなコンサバティブおじさんの方が往往にして目の前の女性に優しい。それがたとえ、女性を加護の対象と捉えるもの特有の気遣いであったとしても、目の前にいる女としては優しい方がいいに決まってる。もちろん、その女性の思想に関わらず。
それに比べて彼ら、リベラルおじさんは、総体としての女性や総体としての弱者には優しくとも、個別の人格としてのそれらにはめっぽう弱い。そしてそれがあたかも、「男女同権主義者だからこそ」という寝言のような言い訳をしてくる。大体、AVのスティグマどうのと言うのなら、君が目に入れても痛くないほど可愛がっているその赤子をアリスジャパンあたりからデビューさせてから言って欲しい。
私はその夜、すっかり気分も興ざめて、飲み直したくなり、銀座にある、かつて私がバイトしていた店に寄ってみた。たまたま来ていたかつてのトランプを日本人にしたような資本家の客に、「おお! 戻ってきたのか、で? 俺とヤる気になった?」とか言われ、そいつのツレには「お噂はかねがねだよー。男優のちんこって大きいの?」とか言われ、大変居心地よくアットホームな場所に帰って来た気がした。
少なくとも私は「AVなんてやめなよ」とか「AV嬢ならやらせてよ」と言われることより、「AVの権利のためにもっと戦え」と言われる方が格段にうざいのであって、その辺の機微がわからない「リベラルな」論客たちは、「産婦人科で風俗で働いていることを告げただけで、そんな仕事は辞めたら?と医者に指図され、尊厳が傷ついている風俗嬢が沢山いるんです」なんて言う。風俗嬢は診察しませんと言われるような世の中だったら生きづらいが、風俗辞めなさいくらいいくらでも聞き流したらいいし、どうしても言われたくないなら、誰にも否定し難い職業についたらいい。保健師とか牧師とか。
と言うことで私はリベラルな主張をする政治家にはより厳しく、荒々しい現実と対峙する度胸があるかどうかを見極めるようにしている。プリキュアに夢中の愛娘を、ゴックン100連発みたいなビデオに出す気がないのであれば、ゴックン100連発の女優もまた、個人としての幸福以上に優先すべきことなどないはずだ。その想像力を欠いているとしたら、リベラルなんていう言葉はあまりに軽いインテリの戯言で、逆にその想像力さえあれば、少なくともネトウヨのヒーローみたいな政治家に言い負けるわけはないのだから。
ちなみに、大体診察中に、風俗みたいなそんな仕事やめなさいなんて言ってくる産婦人科医は、風俗に行くと大変カネ払いがいい。
『AV女優』の社会学」(青土社)、「身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論」(幻冬舎文庫)、「愛と子宮に花束を 夜のオネエサンの母娘論」(幻冬舎)。本連載をまとめた「おじさんメモリアル」(扶桑社)が好評発売中! LINEブログはhttp://lineblog.me/suzukisuzumi/
(撮影/福本邦洋 イラスト/ただりえこ)’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
【鈴木涼美(すずき・すずみ)】
83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。09年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。著書に「『おじさんメモリアル』 哀しき男たちの欲望とニッポンの20年。巻末に高橋源一郎氏との対談を収録 |
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『おじさんメモリアル』 哀しき男たちの欲望とニッポンの20年。巻末に高橋源一郎氏との対談を収録 |
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