中山大障害最初の障害でもあり、最後の障害でもある「5号生け垣」。オジュウチョウサンのスパートもこの手前からだった
競馬の実況の中でも障害レースの実況は難しい!?
――障害戦の実況は難しそうに感じるんですが、やはり難しいんでしょうか?
山本:大逃げを打つ馬がいると、馬群がバラけるので難しいですね。障害レースって、他のレースと違って障害を飛ぶタイミングを伝えなくてはいけないんですよ。だから馬群が一塊になって少ない差の中であれば、一緒のタイミングでクリアしてくれるからいいんですけど、離れてると後続がクリアしている間に前の馬が次をクリアしてしまうことがあるんですよ。これがまた実況を難しくさせてしまうんですね。
――今回のレース、なってましたよね(笑)。
山本:なっていましたね~(笑)。今年の大障害は完全にその大逃げパターンになっていましたね。ジャンプしましたよ、って伝えるタイミングは先頭の馬がクリアした段階で伝えるのですが、離れてる2番手の馬のクリアを伝えるべきなのか、後ろの馬の状況を伝えるのをやめるべきなのか、はたまたどこまで伝えればいいのか。レース中はすごく迷ってしまいました。
――やっぱり緊張しましたか。
山本:レース前のファンファーレも普通に聞けて、割りと緊張とかはなかったです。ただ、大障害コースに入って最初の大竹柵に向かうところで、一旦谷を下って登ってくるところはビジョンの裏なんですよ。そこは私からすると死角になる。そこで一瞬見えなくなることころは緊張しましたね。それと最後の4コーナー手前までにアップトゥデイトをオジュウチョウサンが追いかける、捕まえに行くところで後ろとは差が開いて『2頭の競馬』ってなったところで、あ、これはちょっと歴史に残るレースかもしれないなって思ったんですが、その瞬間は緊張しました。
――すごいレースとは?
山本:アップトゥデイトが2015年のJ・G1連覇、オジュウチョウサンが2016年からずっとJ・G1を勝っているというデータは頭に入っていました。あのレースは、今のチャンピオンと前のチャンピオンがいたレースなわけです。アップトゥデイトの大逃げって、前のチャンピオンが仕掛けてきた壮大な『罠』なわけじゃないですか。大勝負ですよね。勝ちにいく。一週間前の段階から調教師さんも『逃げたい』とコメントしていたのは知っていたのですが……
――そして本当に大逃げを打ち、一時は10馬身どころか、15馬身以上も差を付けていました。
山本:そう、それがみるみるうちに縮まっていったんです。最後のコーナーまでに10馬身差を付けて逃げられたら、普通は捕まらないという想定で実況するんですが、オジュウチョウサンは捕まえて最後は直線でかわして一着ですからね。とにかくすごいレースになっちゃったと。
――そのタイミングで今年一番の名セリフともネット上では囁かれる「前・王者か、現・王者か」というフレーズが出たわけですね。
山本:2頭しかいない。さすがにアクシデントがないかぎりは、3番手からの馬が来ると考えづらい状況なので、このフレーズが口を突いたんです。結果も2着と3着は大差でしたからね。あんなすごいレースを実況して、終わってから『俺(が実況)でよかったのか?』ってなりましたね。中山大障害の40分後には11Rも喋らなくてはいけなかったですし、12Rもありましたから感慨に耽る余裕もなかったんですよ。次の日は有馬記念で、全レースが終わった後は外に出てファンの方に有馬記念のお話を伺う仕事もあったので。
終わって電車乗って、そこでようやく『大障害、終わったなあ』って。帰りの電車の中で、ちょっとだけですけどホッとしました。
手製の出走表には、騎手の勝負服を自分で塗り、重要となる記録に関するメモが入っている。
1人の若手アナウンサーのG1デビューは、図らずも日本障害レース史に残る世紀の1戦となった。2018年はどんなドラマが競馬界では起こるのだろうか。山本直アナの実況を楽しみたい。
【山本 直氏】
’89年7月24日生まれ。28歳。ラジオNIKKEIアナウンサー。’13年4月入社で今年5年目。’15年に競馬実況デビューし、’17年12月23日中山大障害でG1初実況を果たす。南米系の顔立ちからシャープな声を繰り出し、様々な番組で活躍中。
取材・文/佐藤永記(シグナルRight) 構成/長谷川大祐(本誌)
公営競技ライター・Youtuber。近鉄ファンとして全国の遠征観戦費用を稼ぐため、全ての公営競技から勝負レースを絞り込むギャンブラーになる。近鉄球団消滅後、シグナルRightの名前で2010年、全公営競技を解説する生主として話題となり、現在もツイキャスやYoutubeなどで配信活動を継続中。競輪情報サイト「
競輪展開予想シート」運営。また、ギャンブラーの視点でプロ野球を数で分析するのが趣味。