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自己啓発の本質は「本」でも「セミナー」でもない。今すぐタダで始められる自己啓発とは?

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第54回

アイディア 自己啓発がブームになるとともに、己を高めるといったスタンスが「意識高い系」と馬鹿にされるようになりました。私は今から20年以上前の、中学生の頃からすでにデール・カーネギーやナポレオン・ヒルといった自己啓発の世界に魅せられていました。その頃は学生はもちろん社会人からも「宗教の類」と思われていたので、こうしてある程度一般化して、からかわれる対象になっただけマシというものです。

 それに普段は「意識高い系w」と草を生やすようなライトなコミュニケーションを交わしていても、実は普段から自己啓発書を読んでいる人もいると思います。それは「全然勉強してないわ、やべー」と言いつつ、実はテスト勉強に励んでいる学生と同じです。「自分の人生を良いものにしたい」と考える限り、書籍やセミナーでなくとも有名人のドキュメンタリーやインタビューなどを通して、私たちは自己啓発に触れています。

 そんな自己啓発に対する揶揄の中でも、特に槍玉に挙げられるのが「気づき」です。確かに「気づき」と言われても、一体何に対するどういう働きなのかはっきりしません。その抽象的な表現に対して、ツッコミが入るのは致し方ありません。しかし、この「気づき」こそが自己啓発にとって非常に重要な概念なのです。

 気づきとは「因果関係に対する認識」です。ある結果に対して、どういう原因があるのかを探り、認識するのは知性の大切な働きです。私たちが山に分け入っても、目の前に広がる草木は単なる茂みに過ぎません。しかし猟師が見れば、その単なる茂みに獣道が見えてきます。それは山で長年生きてきた経験から、熊が通った後はどうなるか、猪が通った後はどうなるのかを把握しているからです。彼らは私たちが気づかない因果関係のパターンに気づくことができます。

 これだけだと単なる専門知識や専門スキルのように聞こえるかもしれません。しかし「気づき」の領域はもっと広く、生活全体に及びます。アルキメデスは湯船に浸かった時に、上昇した水位の体積と、水中に沈めた身体の体積が等しいことに気づいて「エウレカ!」と叫んだと言われています。

 エウレカは「わかった!」「発見した!」という意味のギリシャ語です。彼はその時、王様から与えられた「王冠の金の純度を計測する」という問題について頭を悩ませていました。彼はその回答につながる「複雑な形状の物体の体積を正確に測る方法」を、風呂場という生活シーンで発見したのです。アルキメデスの体験は自己啓発の「気づき」そのものです。

 こうした例は枚挙に暇がありません。スイスの発明家ジョルジュ・デ・メストラルは山に狩猟に行った際、自分の衣服や愛犬にオナモミの実がたくさんくっつくことに気づきました。なぜくっつくのか気になって顕微鏡で調べてみると、無数のフックのような突起がたくさんあるのを発見しました。この発見が靴や財布でおなじみのマジックテープの発明に繋がっています。

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「物事を統合して考える」必要性

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