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銀座にキャバクラを出店して2年で撤退。経営に失敗してわかった「引き際の大切さ」

 こんにちは、内野彩華(うちのあやか)です。

 新宿・歌舞伎町にキャバクラを4店舗経営する歌舞伎町の女社長。そんな私が野心の大切さを説く、この連載。第36回は「したたかさ」がテーマです。

ドレスを着た日本人の若い女の子

※画像はイメージです(以下同じ)

 私は25歳でキャバクラを経営しはじめて、16年になります。これまで私が経営に関してGoサインを出したものは、最終的に全て上手く行っていたので、少し過信していたのかもしれません。

 この歳になって、まさか自分が「失敗」に遭遇するなんて夢にも思いませんでした。今回は私の身に昨年起きた「失敗」についてお話します。

歌舞伎町のキャバクラを「銀座」に出店した


 2年前、「歌舞伎町」をコンセプトにしたキャバクラを銀座に出店しました。スタッフは歌舞伎町本店のアップスから、店長と売れている女の子を一人。加えて、六本木で働いていた前店長に戻ってきてもらい、あとは現場採用でまかなうことにしました。

 採用面接には、昼間OLをして、週に2、3回程度出勤したい女の子がたくさんやって来ました。

 彼女たちを見て私は軽くがっかりします。髪の毛は金髪で、新宿二丁目でオネエがやるような一気コールや、カラオケの下品な替え歌ができる「歌舞伎町のようなキャバ嬢」にこだわって採用をしたかったのですが、集まったのは「銀座」を意識した上品な女の子ばかり……。

 そこで軌道修正すべく、銀座に近い「新橋」を意識してみることにしました。新橋はサラリーマン中心の歓楽街という点で歌舞伎町と少し毛色が似ています。「新橋のキャバクラで働いた経験がある子」に採用基準をしぼり、再度面接を行ったところ、すぐに良い人材を採用することができました。

 しかし、新橋で働いた経験のあるキャバ嬢たちは実際に働いてみると、すぐに辞めてしまったのです。理由は環境の違いでした。新橋は銀座に比べ、時給は安いのですが、朝まで働くことができ、ドリンクバックが稼げるという魅力があったのです。

銀座では新規のお客を獲得するのが難しかった


銀座四丁目 交差点

 それから、銀座は新規のお客様を獲得するのが難しい場所でした。新橋の無料案内所やネットに「銀座の店」として広告掲載するなど、あらゆる努力をしましたが、歌舞伎町に比べて新規客は本当に少なかったです。

 試行錯誤を2年間続けましたが、なかなかうまくいきませんでした。

「年内までに新しく売れ筋の女の子を最低でもひとり、採用できなければ、2年間で終止符を打とう」と決めていました。

 11月になって店長と話をしました。「このまま銀座で店を続けていても意味がないから、みんなで歌舞伎町に戻ろう!」と。

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なぜ11月に銀座のお店を畳んだのか?

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