更新日:2023年03月21日 15:49
スポーツ

知られざるパラリンピック柔道の魅力。選手の区別は障害の度合いではなく体重だけ

柔道を凌駕する死闘に釘づけ

 試合が始まってみると、そこにはルールや障がいではない「違い」も存在しました。視覚障がい者柔道ではお互いよく見えませんので、主審のアシストのもと互いに組み合った状態から試合が始まります。オリンピックの柔道を見ていただくとわかると思いますが、柔道の試合の大半は「組手争い」です。いかに自分が有利な体勢で相手の柔道着をつかむか、そうさせないように払いのけるか、そういう戦いです。全盛期の谷亮子さんなどは、自分の襟元を片手でおさえ、もう一方の手で相手が伸ばしてくる手をチョップして払いのけ、それで結構な時間を使っていました。  しかし、視覚障がい者柔道では、その組手争いが終わり「ガッチリと組み合った」状態から試合が始まります。にらみ合いとか牽制とかなく、スタートと同時に攻防が始まるのです。オリンピックの柔道ではポイントをリードしている側は最後の数秒逃げまわったり、組むことを拒んだりしがちなものですが、視覚障がい者柔道ではそれが許されません。最後の1秒まで技を仕掛ける余地があり、一本の可能性がある。時間いっぱい全速力で走り抜けるような、濃密な戦いとなっているのです。  攻撃を仕掛ける側は、つかんだ柔道着を離さず、寝技の展開になってもしつこくしつこく絡みついていきます。守る側は相手がどこから仕掛けてくるか視覚では十分に判断できないので、気を緩めることなく「待て」がかかるまで集中しています。見えている同士だと、距離が空いたときなどにフッと攻防が途切れる瞬間があるものですが、そうした余地がありません。両者が離れれば即座に「待て」がかかりますし、場外へと出ていきそうになれば「場外、場外」と主審から声がかかり、内側に戻るようにうながされます(※ただし、場外に出てしまっても厳しく罰せられたりはしない/あくまでもお知らせ)。  また、時間感覚についても見えないことでの緊張感があります。パラリンピックの柔道も試合時間は4分間と同じですが、多くの選手は時計を「見る」ことができません。「あと何秒」と計算しながら試合をすることはできないのです。時間がわかるのは、残り1分で鳴らされるベルだけ。その瞬間瞬間に全力を出していく、そんな戦いです。

主審のアシストのもと組み合った状態から試合が始まる

残り1分をホテルのフロントみたいなベルでチーンとお知らせ

組みついたら離れないしつこさをタコで表現したマスコットキャラクター

 世界15か国から65名の選手が集い、ワンデーマッチで決着をつけるというこの大会。地元日本勢も大活躍を見せました。実施された14階級中、男女5階級で日本勢が優勝。ロンドンパラリンピックで最重量級を制した正木健人選手や、リオパラリンピック銅の廣瀬順子選手らがチカラを発揮して優勝します。  場内でトレカが配布されるなど視覚障がい者柔道のアイコンといってもいい存在の廣瀬選手の強さは際だっており、しかも視覚障がい者柔道ならではというような見事な勝ちっぷり。決勝戦となった試合では、組み合って試合が始まったと思ったらわずか9秒、大外刈での一本勝ちとなりました。文字通りの「秒殺」。これなども組み合った状態から始まり、いきなり攻防となる視覚障がい者柔道ならではの場面でした。

廣瀬選手の対戦相手はインドネシアの選手

両者組み合って、始め!

最初の攻めでワーッていったら、あっという間に一本!

 そんな日本勢の活躍のなかでも特に盛り上がったのは女子52キロ級。昨年の全日本王者である石井亜弧選手が3名でのリーグ戦形式の試合に出場しました。ともに1勝をあげての対戦となった、石井選手とカナダの選手の事実上の決勝戦は、規定の4分を戦い抜いても決着がつかず延長戦に突入します。  ゴールデンスコア方式(※先にポイントを奪えば勝ち)の延長戦でも両者ポイントを奪えず、延長戦が4分を超える大熱戦に。野球で言ったら9回で決着つかず延長戦に入るも、さらに9イニングやって18回までいったのにまだ決着がつかないような話です。両選手は表情も動きもグッタリしてきており、まさに死闘といった様相。  しかし、石井選手はタコのような粘りを見せ、相手が仕掛けた寝技をこらえて返すと、そのまま袈裟固めに入ります。ようやくきたチャンスを石井選手は逃さず、ガッチリと押さえ込むとそのまま一本。まもなく試合時間が合計9分に入ろうかという、延長4分57秒での決着でした。

4分の試合をやって決着つかず、延長に入ってさらに4分以上やっている

粘りに粘って最後は押さえ込み一本!

決着時の試合時間は本戦4分+延長戦4分57秒で合計8分57秒でした。両者グッタリ

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