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笑い過ぎて読み進められなかった、久々の本――pato「おっさんは二度死ぬ」<書評・中川淳一郎>

社会から袋叩きにして良いとお墨付きを与えられた唯一の存在が「おっさん」

 これと同様に、現実のネットには、おっさんを叩く正当性が多数存在する。 ・おっさんはセクハラをする。昭和的感覚で女性蔑視をする。 ・おっさんは子育ての大変さが分からない。家事を手伝わない。 ・おっさんは声が大きくうるさい。 ・おっさんは電車の中でも大股開きで迷惑。 ・おっさんはゴマすりだけで出世し、無能なくせに余計な権力を握った。 ・おっさんは天下りをし、私利私欲まみれ。 ・おっさんがいるから怖くて電車にも乗れないし会社にも行きたくない。 ・おっさんはすぐにキレて手を出す。 ・おっさんは立場が低い人間(店員や女性)に対して横柄。 ・おっさんは酔っ払って周囲に迷惑をかける。 ・おっさんはキモいくせに若い女を口説こうとする。身の程を知れ、ハゲのデバラめ。てめぇはカネだけ出しときゃいいんだよ。  確かに全部当たっているのだが、これと同様のド直球のバッシングを別の属性にしたらどうなるか? ・赤ちゃん ・男の子 ・女の子 ・男子生徒・学生 ・女子生徒・学生 ・若い社会人男性 ・若い社会人女性 ・中年女性 ・高齢者  これらの存在をおっさんに対するバッシング同様に叩きまくってしまったら、間違いなく叩いた側がろくでなし扱いされ、ツイッターでは炎上する。

叩かれる宿命にある”おっさん”に向けた、著者の人間味あるまなざし

 差別主義者扱いされ職場に電凸が相次ぎ、会社もクビにせざるを得なくなるかもしれない。あくまでもこうした属性の人々を叩く場合は、「バカッター騒動」など明確な愚行をした場合でないと「叩く正当性」が与えられないのだ。或いは、「上級国民」と話題になった池袋暴走事故の加害者である87歳の元官僚のように、誰かの命を奪うほどの行為をしないとやはり叩く正当性は与えられない。  しかし、おっさんというものは、ネットでは唯一無二の「いくら叩いても良い存在」となっている。何しろ「最強の強者」ということにさせられてしまったからだ。  「腕力ありますよね」「そこそこいい思いしてきましたよね」「給料は若者よりも高いですよね」――。だから叩かれても文句は言われないですよね。だってあなたは強者なんですから。  テキストサイトの時代からネットの空気を読み続けてきた今年43歳の著者は、そこら辺を感じ取ったのだろう。  かつて中年の男は「企業戦士」や「ナイスミドル」「ロマンスグレー」と言われるなどし、憧れの対象だった。しかし、平均賃金が30年前よりも激減している今の日本の中年男は「キモい」「クソオヤジ」という存在になり、「総体として」落ちぶれた扱いを受けている。  ただし、福山雅治や西島秀俊は人気があり、彼らは「おっさんカテゴリー」ではない。「おじさま」カテゴリーないしは「永遠のイケメン」といった扱いだ。「号泣議員」こと野々村竜太郎氏が西島に似ていると以前私が感想を述べたら、「なにそれ、サイアク……」と呆れられた。イケメンで好感度が高ければ、50歳だろうが「おっさん」ではない。だからおっさんはイケメンを憎むのである。 「あぁ、そう扱うならば扱ってくれ。だったらオレは徹底的に情けないおっさんを出し続けるぜ。確かにオレはここまでどーしようもないバカを書き続けたが、それをただのバカだと額面通りに受け取るお前のほうがバカだぜ。お前はここに『愛』と『必死に生きる人間の愛おしさ』を感じられるか、エッ!」  こんなメッセージをpato氏は繰り出されるバカエピソードに込めたと感じられた。私が今書いているこの文章も間違いなく叩かれる。「これ書いたの誰?」「あっ、おっさんね」「なにこの被害妄想」――こんな反応になるだろう。まぁ、それも仕方がない。これがおっさんのおっさんたる所以だし、叩く対象として機能することこそが唯一の存在意義なのだから。
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私が京大吉田寮で出会った、謎のおっさん
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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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