ライフ

笑い過ぎて読み進められなかった、久々の本――pato「おっさんは二度死ぬ」<書評・中川淳一郎>

私が京大吉田寮で出会った、謎のおっさん

 さて、作中に登場するバカ話に触発され、私もおっさんにまつわるバカ話を書いてみよう。  2005年、32歳だった私は京大吉田寮に宿泊した。「仮宿」と呼ばれる制度があり、200円を支払えば外の人間も泊まることができたのだ。私は1993年からほぼ毎年吉田寮に泊まっていた。この年、おっさんがいた。年の頃45歳といったところか。作業着を着て首にはタオルをかけている。  聞くところによると、京大の学園祭でステージや掘立小屋を作るためにわざわざ東北から夜行バスに乗ってやってきたのだという。彼は自分の呼び名については「ベンさんと呼んでくれ」と言った。  ベンさんは「アニキ」なる人物からステージや掘立小屋を建てるよう要求されたのだという。 「それでいくらもらえるんですか?」 「カネなんかもらえねぇよ」 「なんで来たんですか?」 「だって、アニキが来いって言ったからさ」  顔は日焼けしてまっ黒で、前歯は2本欠けていた。そして私に「お前、焼酎飲むか?」と言った。サキイカをつまみに2人で焼酎を飲みながら喋っていたのだが、ベンさんはこう聞いてきた。 「オレは京大吉田寮に来るのは3年連続だ。お前、今日が初めてか?」 「オレは1993年から来てますので、今年で12年になりますね」  するとベンさんは目を大きく見開き、突然土下座をした。 「こりゃ、失礼しました! オレよりもあなたの方が吉田寮の先輩なのですね。これまでの口の利き方は許してください。これからは『先輩』と呼ばせてください」  以後、私が雑誌『テレビブロス』の編集をしている、と言ったら「さすが先輩ですね。オレなんか、読むものはスポーツ新聞ぐらいっすよ。やっぱり、日本経済のことを書いたり、政治のことなんかも先輩はお詳しいんでしょうねぇ」なんて言う。  心の中では「いや、オレは『まずい鍋を作ってみた』とか『北斗の拳』でケンシロウが殺した人数を数えたりするバカ仕事しかしていませんが……」と思いつつも「えぇ、まぁ、全般的にやっています」と答えておいた。  するとベンさんは「いやぁ、すげーな。オレなんて学がないからなぁ。いやぁ、先輩はさすがですよ」と続ける。そして話はなぜか本当はビールが飲みたいのに、高いから焼酎を飲んでいるという話題になった。

細部に仕込まれた同世代ならではのネタも楽しめる

 日当ももらえず、それでも作業だけはやらなくてはいけないベンさんが気の毒になり、私はコンビニまでビールを買ってくると言った。20分程後にビールを買って戻ってくるとベンさんは「うひゃーっ、やっぱビールはうまいっすね、先輩」と相好を崩す。  そして、私の意見に納得できない時、反論したい時は毎度こう言った。 「先輩、オレ如きが意見するのもなんですが、これだけは言わせてください」  そのまま深夜までビールを飲み続けたのだが、ベンさんは布団もかけずに猛烈ないびきをかいて寝てしまった。今となっては単にビールをタダでしこたま飲みたいだけのおっさんだったのかもしれないが、「自分よりも長期にわたって京大吉田寮に来ていた」事実だけで「先輩」という基準をし、ビールになった途端、ペースが上がりまくったよく分からない謎の人物として鮮明に記憶に残っている。  あ、『北斗の拳』について少し述べたが、本書の『ゴルフ虎の穴』という章にはこんな記述がある。 「もしかして、こいつ僕よりも才能があるのかも。兄としてそれは畏怖だった。兄より優れた弟などいるものか、そんな考えが生まれていた」(86P) 「見たか! これが兄の力だ! 兄より優秀な弟などいてたまるか!」(87P)  これってケンシロウに対するジャギの嫉妬じゃねーかよ! pato氏、ネタブッ込んできたな(笑)、なんて細部も楽しめる本だった。   【中川淳一郎】 博報堂を経て、ライター、その後ネットニュースサイトの編集者に。現在はネットでの情報発信のプランニング業務などを行う。近著に適菜収との共著『博愛のすすめ』(講談社)
1
2
3
※pato「おっさんは二度死ぬ」単行本発売記念トークライブ&サイン会が7月4日に開催!

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

Cxenseレコメンドウィジェット
おすすめ記事