更新日:2023年04月18日 11:33
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「ウンコが出た」報告をしてくる読者との、幾星霜に及ぶ言葉なき対話――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第59話>

 昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第59話】メールボックスに願いを  もう18年くらい運営しているホームページがある。  とはいっても、18年間ずっと運営しているわけではなく、熱心に更新していたのは最初の数年で、その後はほぼ放置、全く更新されずに残り続けているという存在で、いわゆるインターネット遺骸みたいなものだ。  そんなもの消してしまえばいいのにと思うかもしれないが、なくなってしまうとなんだか寂しいし、時たま熱心にそのページを読んでいた時のことを思い出して自分の立ち位置を再確認しに来る人がいると聞き、仕方ないと年に1万円ほどのサーバー台とドメイン代を支払って維持している。全く更新されないのに年に1万円だ。もう一度言っておく、年に1万円だ。  そのページの片隅にメールフォームが置かれている。読者の人が僕に向けて匿名でメッセージを送れる仕組みだ。そこにはいまだにたくさんのメッセージが届いていて、やれ「pato死ね」だとか「pato生まれてくるな」だとか「タイムマシンで過去に行ってお前の両親が出会うのを阻止してこい」だとか読者の方からの愛情溢れるメッセージがてんこ盛りだ。  ただ、ホームページを更新しなくなったのと同時期くらいから、そこに届くメッセージも定期的なチェックをしなくなっていた。ただ、数か月に1回くらいの頻度でチェックしてみると、いくらかメッセージが来ていて、色々と懐かしい気持ちにさせてくれる、あくまでもそんな代物だった。  あるとき、これまた数か月ぶりに思い出したかのようにメッセージボックスを開くと、そこにはやはりいくつかのメッセージが届いていた。そしてその中のひとつが目に留まった。  「もうウンコは出ません」  それだけが書かれていた。何のことなのか分からなかったけれども、必死に思い返してみると何かの記憶がパッと弾けた。  まだ、ホームページを熱心に更新していたころ、僕の書いた文章に対する様々な反応をメールフォームからもらっていた。  「今日の更新おもしろいです」「笑った」「もっと更新してください」「pato生まれてくるな」などなどだ。なんにせよ、書いたものに対する反応を貰えることはうれしい。  そんな中にあって異端のメッセージがあった。  「今日は大量に出た。3本だ、3本」  最初はなんのことなのか分からなかった。何かの暗号かなと思ったほどだったが、まあ、僕の書いた文章を楽しみに読んでる人なんて基本的に何かが破綻しているので、こういう意味不明なこと送ってきちゃう人なのかなと理解していた。  それでもしばらく彼からのメッセージは続いた。  「今日は普通。朝に出るのが理想だが、タイミングを逃して昼になってしまった」  「今日はなし」  このあたりで薄々、勘付いてしまった。もしかして、この人はその日のウンコの様子を僕に送っているのではないか?  なぜそれを僕に伝えたいのか全く理解できないが、もはや誰かに強制されているのではないかと疑うほどに義務感に溢れてドコドコと送られていた。  完全に匿名で送られてくるので「やめてください」と告げるわけにもいかず、ただただ毎日、よく分からない人、文章の感じからおそらく結構いい歳をしたおっさんのウンコ報告を黙って受け取る日々が続いた。  それが1か月くらい続いた頃だろうか。小さな変化が訪れた。  「今日はメッチャ出たわ」  「昨日はまあまあだったな、うん」  慣れてきたのか、ウンコ報告の口調が砕けたものになってきた。最初は日報に記載されてもおかしくないレベルの業務報告的な文章だったが、まるで友達に語りかけるような口調に変わっていった。
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そのうち義務感丸出しで送られてくるメールにイラつくようになる
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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