更新日:2023年04月18日 11:33
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「ウンコが出た」報告をしてくる読者との、幾星霜に及ぶ言葉なき対話――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第59話>

そのうち義務感丸出しで送られてくるメールにイラつくようになる

 1年が過ぎた。  相変わらずウンコ報告のメッセージは毎日のように来ていた。暇だったので1年分のメッセージを集計し、エクセルでまとめていたら彼は水曜日が弱いことが分かった。水曜日は実にウンコ率17%、他の曜日に比べて異様に低い。これは何らかの因果関係があるに違いない。  「今日も出なかったわ、やっぱり水曜日はダメなのかな。気が重い会議があるんだよ。それが関係してるのかも」  僕が“水曜日は弱い”とデータ分析から導き出したのとほぼ同時に、彼もまた同じようなメッセージを送ってきた。これには妙に心が躍ったものだった。一方的にメッセージが送られてくるだけで会話なんてできないのに、ウンコを通じて会話を超えた会話ができたようなきがした。  さらにそこから2年が経過した。  さすがにここまでくると、毎日送られてくることはなくなったけど、それでもまだ数日おきに送られてくるようになっていた。ただ、それは彼自身もちょっと面倒になっているのか、非常に簡素なものに変わっていた。  月曜日 出た  火曜日 出た  水曜日 出ない  木曜日 出た  以上  こんな感じだった。完全に義務感丸出しだ。  僕はこれがどうしても許せなかった。  もう情熱なんて冷めきってしまっているのに義務感だけで送っている彼に心底腹がった。小学生の時に、学校のイベントか何かで鹿児島の離島に住む女の子と文通をしたことがあったが、あんなに情熱的な手紙をくれたのに写真を交換した瞬間から「やめたいのに学校のイベントだからやめられない」と強烈な義務臭を放つ文面に豹変したハルコちゃんを思い出したからだ。「夏休みに島を出る旅行があるから会いに行きたい」と言ってたのに「島から出ないから会えない」と言い出したあいつだ。  そんなんならやめちまえ。そう憤ったが、相変わらずこれら義務丸出しの報告も一方通行なので、その怒りを伝える術はなかった。  さらに1年たった。  もうウンコ報告はほとんど来なくなっていた。なんだか寂しい気持ちを抱えつつもメッセージをチェックしていると、久々にあいつからメッセージがきていた。  「苦しい日々が続いています。人を好きになるってこんなにも苦しいことなのでしょうか。僕もいい年齢ですので、結婚とか考えるのですが、どうしても踏ん切りがつかず、この歳まできてしまいました。もてなかったわけではありません。それなりに相手もいました。けれども決心はできなかったですね。それでも、結婚したいって人がやっとみつかりました。でも、その人は私のことをなんとも思っていません。苦しいです。どうしたらいいでしょうか。あ、ウンコは出ました」  やっぱこの人、狂ってんのかな。ずっと何年もウンコ報告だけを送りつけていたのに、突如として恋愛相談を始めやがった。けれども、あ、そういえばウンコの報告ばかりしてるんだったと思い出したかのように最後に付け加える始末。  ただ、こういう状態って本当に苦しくて苦しくてしょうがないんだけど、例えば頑張ってアプローチすれば彼女が振り向くかっていえば、そりゃそういうこともあるだろうけど確実にこうした方がいい、なんて方策はないわけですよ。  なるようになるしかない。つまり、相談された時点で答える術がないんです。当たって砕けろなんて下手なこと言えないし、今は座して待つべし、なんて誰が言えますか。僕は答えを持たないですよ。まあ、答えを持ったところで彼に伝える術はないんですけど。
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全てがウンコのための伏線みたいに見えてしまう
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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