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怪奇!本当にあった幽霊スナック。ただならぬ気配を感じた女は…

隣の空き店舗、入るべからず

 上京してしばらく経ったのち、Kさんは二年ほど地元に帰っていたことがある。  原因は失恋だった。同棲していた八歳年下の男は、Kさんの金をマルチ商法につぎ込んだ挙句行方をくらました。アパートに一人取り残され、途方に暮れるKさんのもとには後日、男の恋人だと名乗る女性が訪ねてきて、男の私物を持ち帰っていった。    人間不信に陥ったKさんは、しばらく東京を離れようと決心し、地元青森へと居を移した。都会にいると、誰もが自分を騙そうとしているように思えて耐えられなかったという。  地元では、昼間は花屋でバイトをして、夜はスナックとラウンジの中間のような店でボーイとして働いた。女性の身でありながらボーイを務めることは稀だが、彼女自身の希望で半ば強引に雇ってもらった。  店は古びた雑居ビルの2階にあって、フロアには全部で四つの店舗があった。階段を上って正面から右へ同じような水商売の店が三つ並び、Kさんの働く店は三番目、一番奥の店舗は長らく使われていないようだった。  ある日の開店前、Kさんが安い焼酎の瓶にさらに安い大容量の焼酎を流し込む作業をしていると、男女の二人連れが訪ねて来た。 「隣の店舗って、まだ貸してもらえないんでしょうか?」  二人でバーをやりたいのだ、と男女は言った。聞くと、一年以上前から交渉のために足を運んでいるという。二人が帰ったあと、出勤してきたママにその旨を伝えると、ママは低い声で短く言った。 「無理だと思うよ」  飲みに来ていたビルのオーナーにこっそり隣の店舗のことを聞いてみても、「あそこは貸せないんだよ」と言葉を濁すばかりで、それ以上に語ろうとはしない。  ただ一言、オーナーの隣に座る老人は、グラスを口に付けながらぼそりと言った。 「時々、こっちにもはみ出てきちゃってるもんな」  隣の空き店舗は、外から見る限り他となんら変わりないように見えた。  古めかしいチョコレートドアに、プレートが掛けてあったと思しきシールやテープの跡。昔は煌めいていたであろう金の取っ手は鈍く光っていた。  ドアの隙間を塞ぐように張り巡らされたガムテープだけが、異様な雰囲気を放っている。  気になって徐に取っ手に触れると、妙にぐりゃりと柔らかく滑っていた。 「捌く前のホヤみたいな感じ」  と表現したKさんは、薄気味悪さを覚えてしばらく奥の扉には近寄らないようにしていた。  一年も働くと仕事にも慣れてきて、閉め作業を任されることも多くなった。  その日も、Kさんは酒に酔ったママを先に返し、ホステスの女の子たちを見送ったあとで、店に残って伝票をまとめていた。テレビも消して静まり返った店内で一人電卓を叩いていると、やけに大きな足音が聞こえた。 「他の店の人かなと思ったんだけど」  どうも隣の、奥の空き店舗から聞こえるのだという。  耳を澄ませているうちに、だんだん足音の数は増えていった。一人や二人ではない。たくさんの人がいる気配がする。  ふと、店内にミラーボールのような光が走った。  見ると、誰かを抱きかかえるようなポーズを取った中年の男の半身が、奥の店舗に面した壁からぬぅっと出てきた。男の顔は青ざめて、見開いた目は何処を見つめているのかわからない。やがて男は、口を開けて大きく笑うような仕草をして、壁の中へと消えて行った。  古臭い、オーバーシルエットのスーツを着ていたという。<イラスト/粒アンコ>
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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