ライフ

女と畳は新しいほうがいい…のか?スナックを徘徊する中年独身男の論理

火の粉は隣の常連客にも

「俺が6ってことは、タッちゃんのことはどれぐらい?」  小学生のやりとりの火の粉が、隣の席にまで吹きかかる。それ6以下で答えないとダメなやつじゃん。7とか言ったらまたキレるやつじゃん。そして5とか言われたらタッちゃんが微妙な気持ちになるやつじゃん。巻き込まないであげて可哀想だから。 「事故だ……」  タっちゃんは呆れた顔でそう呟いてから、唐突に話題を変えた。 「そういえばNさんはさぁ~結婚願望とかあるの?」  切り込まれたN氏はきょとんとして、一瞬考えこむような顔を作ってから、答えた。 「あると言えばあるけど、たぶんしないと思う」 「なんで?」 「だって、歳取っちゃうじゃん!!」 「…………は?」

独身中年男の身勝手な論理

「好きな子がいて、運よく付き合えて結婚しても、結局歳取っちゃうじゃん!」 「……は?」 「たとえばユッキーと付き合って結婚しても、一緒に過ごしてくうちにババアになっちゃうじゃん!!」  N氏は真面目な顔で力説するように言ってわたしを指さす。再びわたしに盛大にふりかかる火の粉。火事か。やめてくれ。もうアラサーなんだからやめてくれ。 「???いや、それはそうでしょ」  タっちゃんは、よくわからないという顔をした。 「だから無理」 「え。まじで言ってる?」 「そのままの若さでずっといてくれないとやだ」 「言ってる自分がもはや昔の自分の姿ではないのわかってる?」 「俺のことはいいんだよ俺は」 「だってさぁ~、一緒に歳を取っていく楽しみとかさぁ~、あるじゃんそういうの」 「俺にはわからない」  だから俺は結婚しない。その都度その都度、目の前にいる若い子とだけ楽しい酒を飲んで生きていくんだ。そう言ってN氏は強引に話を結んだ。そしてわたしは思った。  え。それわたしもリミットが迫ってるってことかい??  N氏の結婚に対する考え(というほどのものでもないが)を聞いたのは初めてだった。  彼の表現や言い回しについ笑ってしまうが、こういう思考はさほど珍しくもないのだろうと思う。結婚した男が次第に「昔の姿ではない」と言って妻を抱かなくなるのも同じような理由からだろう。自覚をもって結婚しない、と断言しているN氏はむしろマシなのかもしれない。結婚してから女の容貌に月日の流れを感じ取って嘆くよりも、若い女と不倫して妻を落胆させるよりも、誰も悲しませずに一人で楽しんでいるほうが良い。N氏はそれをわかっている…と言えなくもない。  人はあたりまえに歳をとってゆく。彼といま酒の席を共にしているどんな女性も、いずれは「若い子」ではなくなる。だから彼は飲み屋を渡り歩いてきたのだろう。そしてこれからも渡り歩いてゆくのだろう。「一緒に楽しい酒を飲める若い子」を求めて。<イラスト/粒アンコ>
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
1
2
おすすめ記事
ハッシュタグ