シリアで拘束され「自己責任論」の渦中に

安田純平氏
西牟田:棄民の話が出てきたところで、ご自身のことを伺います。2015年にイスラム国で後藤健二さんと湯川遙菜さんという2人の日本人が殺害された後、安田さん自身が拘束されましたよね。
安田:そうです。2015年6月、トルコからシリアへと国境を越えたところで武装勢力に拘束されてしまい、結局3年4か月に及びました。
西牟田:あの時、自己責任論が巻き起こりました。そして「危ない所には日本から取材に行かなくても、現地からの外国通信社の配信ニュースでいいじゃないか。身代金を国に払わせてまで、彼を助ける必要はない」などと言われましたね。
安田:もちろん、「自己責任」というのはずっと言われてきたことだし、帰国してからワイドショーやSNSも見ていたのでよく知っています。「政府が身代金を払ったから解放されたくせに」など、根拠のないことをずっと言われていますから。
西牟田:そもそもなぜ身代金という話が出てきたんでしょうね。
安田:捕まったとき、「お前は昔、人質だった。ということは、日本政府が身代金を払うということだ」と言われました。というのも、2004年にイラクで自警団にスパイ容疑で3日間拘束されて「人質」と書かれた記事があって、それをウェブ上で見つけた彼らが身代金をとれると期待しちゃったんですね。
実際は拘束者から何の連絡も要求もなく、外務省は「行方不明」という認識で、報道発表でも「人質」とは言っていなかったんですけどね。行方不明なだけなので、交渉も救出もしようがない。現場では珍しくもないことが異常に大きく報道されて、政府もそのことで困ったと思います。
2015年からの拘束については、在英のシリア人NGOが「カタールが身代金を払った」とウェブに書いたのを日本のメディアやネットの人々がそのまま信じて拡散させました。そのサイトには「実は4日前に解放」とか「安田は会見でISに拘束されていたと語った」とかデマだらけなのに、それらは無視して「身代金」だけは信じたいようです。とにかく信じたいことだけ信じると。
西牟田:日本政府が身代金を払って解放することはあるのでしょうか?
安田:ありません。2015年、ISに殺害された後藤健二さんと湯川遙菜さんの時もそうですが、ISは家族に脅迫メールを送って、家族は政府に連絡しましたが、政府は関与を拒否しています。家族が交渉しているうちにISが動画を流したので騒ぎになり、政府も対応せざるを得なくなっただけで、助ける気があれば最初のメールの段階で交渉しています。日本政府は身代金を払ってまで助けたりしないという態度で一貫しているんです。
1977年のダッカ日航機ハイジャック事件では日本赤軍に600万ドルの身代金を払ったとされていて、その後の自民党はこの措置を激しく憎んでいます。たとえ世界中の国が身代金を払ったとしても日本政府は払わないと思います。
日本政府には、武装勢力に交渉して救出するつもりはなかった
西牟田:身代金交渉って、実際はどうやるんでしょうね。捕まえた側は安田さんが何者か調べなければなりませんよね。そして払わせる側には、本人を捕まえていることを証明しなければならない。
安田:そうなんです。だからこそ必要になるのが、本人が生きているという証拠、いわゆる「生存証明」というものです。拘束者のふりをした詐欺師が、親族や政府といった被害者の関係者にたくさん接触してきます。それに人質をとるような犯罪者が、本当に生かして帰すのかどうかも怪しい。だから交渉にあたってはそれが絶対に必要になります。これはカタールやその他の国に仲介してもらう場合でも同じことです。
西牟田:それはどういうものですか?
安田:私が拘束された2か月後には、外務省が私の妻から私しか答えられない質問項目を5つ聞き取っています。これを拘束者側に送り、正解が返ってくれば、実際に私を拘束していることと、私が生きているという証拠になる。どこにいるか分からない人が生きているかどうかを確認するには、本人から反応してもらう以外にないわけです。
拘束者のほうも、証明に失敗したら交渉できないので確実に実行します。人質に分からないようにごまかしながらだとか、会話の流れでなんとなく聞くなどしたら、解答を間違えて証明に失敗しかねない。だから人質本人にも分かるんです。生存証明のための質問がくれば励みになるという効果もあり、救出する側もその意味も込めて証明を何度も取るわけです。
西牟田:日本政府が邦人保護を行うつもりなら、犯人側と連絡をとって、まずは生存証明のすりあわせをしますよね。それはやったんですか?
安田:政府が救出を試みたならば、妻から得た質問項目を拘束者側に送って生存証明を取ったはずです。ところが、私が解放されてトルコの施設に入れられた翌日に日本大使館員が来て、目の前で聞かれたのが最初でした。つまり拘束されていた間は一切、生存証明を取られなかった。日本政府は拘束者の特定もしていないし、私が生きているかの確認もしていなかったということです。
西牟田:なるほど。であれば、実際に身代金交渉はやっていないし、そもそもの邦人保護もやっていなかった感じですね。
安田:外務省の担当者は、当然の準備として生存証明を取る用意をしましたが、実際に交渉してまで救出するかは政府が決めることです。生存証明を取れるのに取らなかったのは、政府として「救出しない」という結論だったからとしか思えません。