更新日:2021年12月13日 08:16
ニュース

ジャーナリスト安田純平が語る「アフガン撤退に見る日本の“棄民体質”」

「政府は邦人保護を最大限に行っている」と無条件に信じられている

イスラム教シーア派最大の宗教行事アシュラ

2010年12月にアフガニスタンの首都カブールで行われたイスラム教シーア派最大の宗教行事アシュラ。信者は自らの体を叩くなどして、7世紀に殉教したイスラム教の預言者ムハンマドの孫フセインを悼む。アフガニスタンでシーア派を信仰するのは主に少数民族ハザラ。2021年8月のタリバンによるカブール制圧の際はタリバンの警備のもとで行われたが、今後も行われるかは不透明=2010年12月、カブール

西牟田:2001年のカルザイ政権誕生の際、日本テレビや共同通信など、たくさんの日本のメディアが現地報道をやりましたよね。でも今回は対照的にほとんど現地報道がない(9月11日に「報道特集」で初めて現地中継)。 安田:カブール陥落前から事前に現地入りしていないと無理でしょうね。陥落後の現地入りは難しいし、今の日本のメディアは陥落後のカブールに自社のスタッフを行かせないでしょう。NGOにも近年はビザが出ていなかったので、フリーの記者にもなかなか出なかったと思います。日本政府がアフガン政府にビザを出さないよう要請していたともっぱらの噂でした。 西牟田:問題になりそうな場所に行かれて、問題を起こされたくない。だからこその予防的措置です。行かせないようにすることに力を注ぐ訳ですね。 安田:どうなんでしょうね。2015年、シリアに行こうとした新潟のカメラマンの杉本祐一さんがまずパスポートを没収されました。約3年前に帰国した私は発給自体拒否されています。後藤さんや湯川さんが殺されたときもそうでしたが、人質が殺されると一部で批判は出ますが、世論調査ではいつも政府の対応が圧倒的に支持されているし、内閣支持率も跳ね上がる。その後の選挙も与党圧勝です。 「政府は邦人保護を最大限に行っている」と大半の国民もメディアも無条件に信じているし、責任はすべて本人のみ、という「自己責任論」も定着しました。いよいよ規制強化の段階に入ってきたということはないかと思います。

日本人の立場から見た独自報道の必要性

安田:封建社会から市民が自由を勝ち取って民主主義を築いてきた欧米では、市民が物事を判断するためには国家からではない情報が必要で、民主主義にはジャーナリズムが欠かせないという大前提の認識があります。そういう意識があるからこそ紛争地で人質になった自国民を全力で救出する。日本の場合はそうしたところに行く人は「なぜ国に迷惑を掛けるのか」という論調が大きいですよね。 「お前は迷惑だ」と私に言う人が必ず出てくるのですが、それなら他の人や大手メディアが行くのは応援すればいいはずですが、まったくそうはなっていない。「ジャーナリズムはただの金儲けで、それ自体が迷惑行為、だから政府に任せておけ」というのが日本社会の一般的な認識なんじゃないでしょうか。 西牟田:日本国憲法13条にある「幸福追求権」が尊重されていない気がします。 安田:自由よりも「迷惑かどうか」のほうが重大・重要というのが日本政府の考え方ですね。日本政府には紛争地の邦人保護をする情報力も実力もありませんから、実質的には何もできない。だからこそ、本人だけにすべての責任を負わせようとしている。それが「自己責任論」です。 「自分で責任を負うしかない」と現場に行く人はみな思っているわけですが、「迷惑」とは「自己責任ではすまされない」という話なので、それは通じません。そもそも政府が何をしたのかまったく検証されておらず、何がどう「迷惑」なのか具体的なものは何も議論されていない。感情だけで語る「迷惑」はどこまでも拡大するので、「迷惑」を避けるための自粛と規制は歯止めが効かないと思います。 西牟田:そうしたことの弊害には、何があるでしょうか。 安田:今回、カブールが陥落した時の独自報道が一切なかったということもそうです。あと、こうした大きなことが起こった時に、英米のメディアが報じることを一方的に鵜呑みにする人が多くなりますよね。 日本には日本だからこそできることがあるはずなのに、欧米の視点からしか判断できなくなってしまう。  それと、日本政府の現地協力者の保護が事実上の失敗に終わったことを自衛隊法や憲法の問題にする主張が出ていて、報道のいない場所に自衛隊を送るなど民主主義国家として常軌を逸していますが、「それでいい」という認識がかなり広がっていると思います。 西牟田:日本人ジャーナリストが現地に入ってもっとたくさんレポートをしていれば、ニュースに対して脊髄反射をせず、自分事として捉え、建設的な意見を言う人がもっといるのではないか。そう考えるとすごく残念です。ありがとうございました。 文/西牟田靖 写真/安田純平 西牟田靖(にしむた・やすし) ノンフィクション作家。1970年、大阪府生まれ。国境や家族などをテーマに執筆。タリバン政権時代の1998年、アフガニスタンを取材し、危険な目に。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(情報センター出版局)『ニッポンの国境』(光文社新書)『本で床は抜けるのか』(中公文庫)『わが子に会えない』(PHP研究所)『中国の「爆速」成長を歩く』(イースト・プレス)など。
1
2
3
4
5
6
中国の「爆速」成長を歩く

1990年代初頭からの、中国の急激な成長の実像をたどる

おすすめ記事
【関連キーワードから記事を探す】