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宣戦布告がないのに、軍事衝突はある。これは紛争か、戦争か/倉山満

ロシアはウクライナに対して“侵略戦争”をやっていない

ウクライナ ロシア ロシアはウクライナに対して「侵略戦争」をやっていない、と聞くと驚く方が多いだろうか。より正確に言うと、ウラジーミル・プーチンのやっていることを「侵略」呼ばわりするのは十二分な理由がある。一方で、ロシアの味方も敵も、我こそは「中立国」であると宣言している国も、ロシアとウクライナで起きている事態を「戦争(War)」とは認めていない。プーチン自身はこれを「戦争」ではないと明言しているし、国際連合も決して「戦争」と呼ばないようにと厳禁している。  何が起きているかおわかりだろうか?

何を「戦争」の条件とするかには、大きく二つの学説がある

 そもそも、国際語である英語に「侵略」に当たる単語は存在しない。「侵略」は「Aggression」の誤訳である。「Aggression」とは、「挑発もされないのに先に手を出した」の意味である。漢語の「残虐に他人の物を奪う」の意味はない。無理やり英訳すると「Cruel Aggression」か。プーチンは「原発への砲撃」「非戦闘員への無差別攻撃」「非武装地帯での軍事行動」など、多くの「Cruel(残虐な)」行為の常習犯だし、今回もその種の行動を繰り返していると報道されている。だから、プーチンのやっていることを「侵略」呼ばわりするのは十二分な理由がある。  さて、「戦争」だ。何を「戦争」の条件とするかには、大きく二つの学説がある。一つは実際に武力衝突の有無を条件とする説。これは「実態説」と呼ばれ、’45年以降の多数説だ。もう一つが宣戦布告の有無を条件とする説。これは「法的状態説」と呼ばれ、’45年以前の多数説だ。図を見てほしい。

宣戦布告がないのに、軍事衝突はある。これは紛争か、戦争か

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宣戦布告はないのに、軍事衝突はある。「宣戦布告」の禁止により、これを「戦争」と呼ぶことは被害者だけでなく、加害者にも不利益が生じることになってしまう 図/筆者作成

 まず①。宣戦布告があり、軍事衝突がある。これを「戦争」と呼ばない人はいない。次に④。宣戦布告がなく、軍事衝突もない。この二つに関しては、学説に争いはない。  問題は②だ。宣戦布告がないのに、軍事衝突はある。これを法的状態説は「事変」と呼ぶが、実態説では「戦争」と扱われる。厳密な国際法用語では「戦争」ではないとされるが、一般的な表現では「戦争」と呼ばれる。たとえば、朝鮮戦争だ。日本人は最初「朝鮮事変」と呼んだが、いつのまにか世界的に「朝鮮戦争」が定着した。  ③も問題だ。宣戦布告があるのに、軍事衝突が無い。法的状態説では「戦争」とされる。一方、実態説では説明がつかない。’45年国連憲章で、宣戦布告は違法とされたので、以後は現在まで宣戦布告を行った国は存在しない。「戦争」は根絶されたとも言える。その代わり、すべて事変になったが。ただし、事変は現代ではほとんど使われず、「紛争」と言い換えられている。
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宣戦布告を禁止した結果、戦争と紛争の区別がつかなくなった
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1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『嘘だらけの日本古代史』(扶桑社新書)が発売中

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