イスラム国潜入で人質になりかけた日本人写真家。その身代金は!?
―[イラク戦争はまだ終わっていない]―
日本で暮らしていると、イスラム世界についての情報に接することは少ない。イスラム国で邦人が人質になったという報道も、今はパタッと途絶えてしまった。実際、現地はどうなっているのか? イスラム国の潜入取材を行い、自らも人質になりかけた報道写真家の横田徹さんと、イラク戦争開戦時から現地を取材し続けてきたジャーナリストの綿井健陽さんに、日本の報道ではわからない「イスラムの姿」について語ってもらった。
◆日本語を話せる兵士がイスラム国にいた
綿井健陽:先日、僕の新作映画(『イラク チグリスに浮かぶ平和』)のトークイベントに横田さんに出演してもらって、イスラム国に潜入取材した映像を見せてもらいました。イスラム国に入ったのは今年の3月でしたか?
横田徹:そうです。イスラム国の首都とされている、シリアのラッカという街に行きました。イスラム国は当時まだISIS(イラク・シリア・イスラム国)と名乗っていて、6月にイラクのモスルを制圧した後にIS(イスラム国)に改称して建国宣言を発表します。丁度この3月くらいから統治機構がしっかりしてきたんだと思います。
綿井:3月の時点で、こんなに勢力を拡大すると横田さんは思っていましたか?
横田:全くそんな予感はなかった。一応シリアのアサド政権に抵抗する自由シリア軍から押収した武器はあるんですけど、数も豊富じゃないし、大きな大砲があるわけじゃない。それに兵士も兵舎ではなく民家に泊まっているので詳細はわからないんですね。
綿井:彼らの訴えは何でしたか?
横田:あの頃はアメリカへの敵意は口にしていなかった。ただ「イスラム教の国家を作るんだ。そのためにここに来て闘っているんだ」とは話していましたね。日本人への敵意もなかったのですが、司令官は「日本が僕らを攻撃するようになったら態度は変わるよ」なんて言っていました。
綿井:横田さんは紹介者の中田考さん(イスラム法学者)と一緒にトルコ側から国境線を越えてシリアに入っている。あの国境って簡単に越えられるのですか?
横田:越えるのはまあ簡単ですよね。国境線に張られている有刺鉄線を体の分だけ広げて入るだけなんですけど、そこまで行くのがたいへん。国境沿いに監視塔があって、威嚇射撃の弾が当たらないようにジグザグに走りながら。まあ我ながら思いますけど、ちゃんとパスポートを持ってシリアに入るべきで、勝手に越えちゃいけませんよね(笑)。
しかも中田さんのエスコートなしには入国できなかった。じゃないと入った時点で拘束されます。イスラム国のマークのついた紙に署名をして、それが入国証明書の代わりでした。あちこちを回って何度も証明書を見せながら、ようやくシリア北東部のラッカに入りました。
綿井:ラッカには大きな軍事基地があるのですか?
横田:それが、基地らしきものが見つからないんですよ。街中を車で回ったけれど、どこにあるのかわからない。重要な拠点があったとしても、空爆を避けるためにあちこち移動しているんでしょう。学校とか体育館とか自由シリア軍から奪った大きな建物はあって、「バグダディ(イスラム国首長)が、この前来ていたよ」なんて耳にする事はありました。兵士はふだん、押収した民家に暮らしています。ラッカはスンニ派が多い地区なので、市民も渋々受け入れている感じですね。
綿井:ラッカの街の映像を見ると、いかにもありがちなアラブの風景がある。商店街があって男達が集まっていて……という光景ですね。
横田:戦争状態にあるという緊迫感は、あの頃は感じませんでした。びっくりするくらい平和な感じだし、現地特有のスリとか強盗が出そうな気配もないんです。逆に言えば、それくらいちゃんと街が統制されているんでしょう。でも時々アサド軍の空爆があったりすると商店街は一度閉まります。しばらくするとまた人が集まって来る。
綿井:兵士はシリア人が多いのですか?
横田:司令官が一人シリア人だったけど、後はほとんどいなかったですね。大体イラク人が多いかな、後はアルジェリアとかモロッコとか湾岸地域の人。年齢は20代前半が中心ですね。僕が泊まっていたのは、まず新人が移民局に登録してからトレーニングを受ける場所でした。
そこで会ったオーストラリアからの家族にはビックリしました。父親が奥さんと息子を連れてイスラム国に入隊しているんですが、父親はイスラム教徒で、自国でテロリストだと疑われて、モスクに行っても警察にマークされていたという。「自分の国にいても自由がないのでここに来た」と語っていました。この前、斬首された男性の首を持っている少年の写真が発表されたんだけど、何とそれは彼の息子だったんですよね。まだ5~6歳の子供ですよ!
綿井:日本語を話せる兵士もラッカにいたんでしょう?
横田:そうそう、あれにも驚いた。まだ20代の前半らしき、白人のロシア人でした。「なんで話せるの?」と聞いたら、アニメおたくでコスプレも良くしていたらしい。日本人の彼女もいたと話していました。日本の国籍を持つ人はいなかったですね。
――その他の武装勢力と、イスラム国との大きな違いは何でしょうか?
横田:イスラム国の兵士は「死ぬ覚悟ができている」ということに尽きますね。絶えず腹に自爆ベルトを巻いて行動しているし、いつ捕まっても命を捨てる気持ちでいる。その辺は自由シリア軍とは大きく違います。奥さんにまで自爆ベルトを着けさせている人もいましたよ、「いつ何があるかわからないから」とか言って。
綿井:確かに「自爆型」という死の覚悟を持つ武装組織は少ないですね。一般的な兵士というのは、家族もいるし、本当は死にたくないと思っているのが普通だと思いますよ。
横田:イスラム国に入った彼らには、もう帰るところがない。自国に戻ったらテロリストとして即刻逮捕でしょう。だったらもうここにいるしかない。多くの人はイスラム国に入隊する時点で、ここで潔く死のうと決めていますね。
◆ナイフを持ち、イスラム国の覆面をした兵士が部屋についてきた
綿井:横田さんもイスラム国の人質になりかけたそうですね。
横田:2013年の9月、シリア北部で当時のISISに捕っているんです。現地で出頭命令が出ていて、僕は行かざるをえなかった。するとそこにはイスラム国のあの覆面をした兵士が待っていて、首を斬りおとせるようなナイフを持って部屋についてきました。「何のために来たのか」と聞かれ、その後僕の知らないところで色々やり取りがあったみたいです。
綿井:何があったんだろう?
横田:兵士から「この日本人を売れ!」と話を持ちかけられたらしい。身代金の額も指定されたらしいですよ。
綿井:いくらですか?
横田:2000ドルだったとか……。
綿井:それは安すぎる! 俺の価値はこんなもんか!と思うよね(笑)。(※イスラム国に処刑されたアメリカ人ジャーナリスト、ジェイムス・フォーリー氏は1億ドルの身代金を要求されていた)
横田:もしもそうなったら僕はイスラム国に売られて、今度は身代金を出してもらえるように日本政府にお願いする側になりますよね。
――こういう場合、政府はお金を出すんでしょうか?
横田:払うでしょう。さすがに表立っては言わないだろうけど、秘密裏に払うと思います。そうやってスペイン人のジャーナリストも帰ってきていますからね。でもそこで僕が幸運だったのは、現地コーディネイターのお父さんが地元の有力者だったこと。イスラム国も小さな組織だから、彼の父親を怒らすわけにはいかないということで、釈放が許されました。
僕と同じ頃に捕まったアメリカ人のジャーナリスト(スティーヴン・ジョエル・ソトロフ氏)は処刑されているので、今考えると冷や汗ものですが……。
――一連のやりとりを現地で聞いていたんですか?
横田:いえいえ、日本に帰ってから知りました。まあ彼らは、外国人なら誰でも良かったに違いない。事件になれば組織の宣伝になるわけだし。こういうことは悪く考えたらキリがなくて、笑い話にするしかないですけどね。
<聞き手/長谷川博一>
【綿井健陽(わたい・たけはる)】1971年、大阪府生まれ。映像ジャーナリスト、映画監督。1998年からフリー・ジャーナリスト集団「アジアプレス・インターナショナル」に参加。これまでにスリランカ民族紛争、スーダン飢餓、東ティモール独立紛争、イラク戦争では2003~2013年の間にバグダッドやサマワ、国内では光市母子殺害事件裁判、福島第一原発事故などを取材。著書に『リトルバーズ 戦火のバグダッドから』(晶文社)、共著に『311を撮る』(岩波書店)ほかがある。2005年「JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞」大賞を受賞。2014年ドキュメンタリー映画作品『イラク チグリスに浮かぶ平和』を発表。
【横田徹(よこた・とおる)】1971年、茨城県生まれ。報道写真家。1997年のカンボジア内戦からフリーの写真家として活動を始める。その後、コソボ、パレスチナ、イラク、アフガニスタン、ソマリア、リビア、シリアなど世界の紛争地においてスチール撮影、ドキュメンタリー番組制作を行なっている。写真集に『REBORN AFGHANISTAN』(樹花舎)、共著に『SHOOT ON SIGHT 最前線の報道カメラマン』(辰巳出版)など。2010年、世界の平和・安全保障に期す研究業績を表彰する第6回中曽根康弘賞・奨励賞を受賞。
【『イラク チグリスに浮かぶ平和』上映情報】12月26日(金)まで「第七藝術劇場」(大阪市淀川区)で上映。その後、「神戸アートビレッジセンター」(神戸市兵庫区)、「横川シネマ」(広島市西区)、「横浜シネマリン」(横浜市中区)など各地で順次公開。詳細は公式サイト(http://www.peace-tigris.com/)にて。
『リトルバーズ』 戦火のバグダッドから |
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