倉山満「歴史に学ぶことができない日本人へ」
日本人が信じている「教科書的近現代史」を根こそぎ引っくり返し、正しい歴史認識を提示する人気シリーズ『嘘だらけの○○近現代史』(扶桑社刊)。『日米』『日中』に続き、最新刊の『嘘だらけの日韓近現代史』も大ヒット中だ。
「このシリーズでやりたかったのは“通史”を描くこと。日本の歴史学者は総じて、過剰に細分化された専門分野の研究にのみ耽溺する、平たく言えばただのオタクです。通史を語れる人間がいないんですよ。というより、学会では通史を語るヤツなんて淫祠邪教で火炙りの刑レベルの異端者(苦笑)。ならば自分が書いてやろうと思ったわけです」と語るのは、著者の倉山満氏。
加えて、本シリーズによって“通史”に触れることで、歴史を見るときの“大局観”を身につけてほしい……というのが倉山氏の願いだ。確かに、暗記科目として歴史を学んできたわれわれ日本人の大半は、歴史を見るときの大局観を決定的に欠いている。
「榎本武揚、陸奥宗光、小村寿太郎、石井菊次郎らの時代には、日本人もきっちり大局を見ていたんです。『外国に負けたら殺される』という凄まじい緊張感の中で、世界情勢や歴史の研究を怠らなかった。それが、日露戦争に勝った瞬間に平和ボケしてしまうんですね。海軍が発行していた雑誌をひもといても、日露戦争前にはイギリスの海軍史に関する研究がたくさん出てきます。フランシス・ドレークや七年戦争なんかについて、当時の海軍関係者が拙いなりに一生懸命研究しているんですが、それが戦争に勝ったのを機にぴたりと止まるんです。以後ずっと、日本人は“目の前のこと”しか見ようとしていません」
その結果、日米開戦、および敗戦という悲劇が起きた。
「昭和初期の海軍の不勉強ぶりときたら目も当てられません。フランクリン・ルーズベルトは、『アメリカ国外での戦闘には参加しない』と選挙で公約しているので自分から弾は打てない。さらに当時の厭戦気分(パシフィズム)も考えると、何がどうなってもアメリカは1年以上は戦えないというのがわかるはずなのに、なんでわざわざハワイを攻めてヤツらに火をつけちゃうの?という話です。アメリカと戦う是非はさておき、攻めるんならなぜマニラじゃなくてハワイなの?と」
当時の海軍は、アメリカの社会すら研究していなかったわけである。
「ところが、歴史学者の中でも学歴コンプレックスがもっとも強い軍事マニアの人たちは、『当時の偉い人たちが決めたんだから、何か理由があったんだろう』と言うんですよ。当時の一次史料を持ってきて『こういう理由があったんだ!』とドヤ顔をするわけですが、理由があったのはわかるとして、なぜそれが正当だと言えるのでしょう? くだらないことをやらかす背景には、くだらない理由しかないのに、そこで無理やり合理的な説明をつけようとするから意味不明になる。普通の考え方なら、山本五十六ってただのバカでしょ?バカじゃなきゃスパイでしょ?となるわけですが、それを言うと、軍事マニアは『後知恵はよくない』と怒るんですよね(苦笑)」
かくして「歴史に学ぶ」というあるべき態度は葬り去られ、「目の前のことしか見ない」という悪習は、われわれ日本人に戦後も延々と受け継がれているのである。
「日本人にとって、ちょっと前の首相なんて、もう歴史上の人物じゃないですか。小泉さんは最近また出てきたので“今の人”になりましたが、小渕さんとか竹下さんなんて、ほとんど聖徳太子と変わらない(笑)。ですが、今、目の前で起きていることを正しく認識するには、歴史を顧みることが不可欠なんです」
例えば、東京都知事選で「なぜ、小泉は細川を担いだのか?」という素朴な疑問。
「歴史を知らないと『小泉さんは何考えてるんだろう』となるでしょう。しかし、小泉さんのこれまでの手口を振り返れば想像がつく。小泉内閣時代、石原新党が立ち上がるという話がありましたが、そこへ“バスに乗り遅れるな!”とばかりに石原慎太郎さんに寄っていった亀井静香や野中広務ら(小泉)反対派は皆、見事に轢き殺されました(笑)。そのパート2が、安倍さんと福田(康夫)さんの関係です。反安倍派が福田さんのところに集まったら、福田さんが全員蹴落として安倍内閣ができた。そして今回がパート3。細川さんのもとに、鳩山、菅、小沢、その他もろもろの有象無象が群がっていることを考えると『またしても皆殺しか……』と思いますよね。もちろん、すべては推測ですが、『三番煎じをやろうとしているのか? あるいは今回は違うのか?』と、『何がやりたいのかわからない』では、思考の出発点が違います」
歴史に対して無知だと、自分に不利な主張に対しても抵抗する術がない。例えば「増税による財政再建は、大蔵省の伝統だ」という主張。そう聞けば「消費税アップも仕方ないのか」と思ってしまいがちだが……。
「増税は大蔵省の伝統、なんてのはまったくのウソ。田中角栄時代のバラまきによって植えつけられたトラウマで、たかだか40年の歴史しかありません。増税を支持する御用学者も、増税はけしからんというリフレ派も、立場は逆なのにこの間違った事実を共有しているのだから困ったものです。財務省史上、増税と絡めてもっとも話題に上る井上準之助だって、本人は一度も増税なんて言っていない。昭和初期の史料を見ればわかることですよ。中山恭子さん(’66年大蔵省入省)にインタビューしたときも、『私たちの頃は(増税路線とは)違いましたよ』とハッキリおっしゃってました」
今を生き延びるために必要な“大局観”を養うためにも、ぜひ『嘘だらけ』シリーズをご一読いただきたい。
また、倉山氏の待望の新刊『保守の心得』(扶桑社刊)が、現在amazonで予約受付中。米中韓に振り回されない日本のつくり方を指南した「学校では教えてくれない保守入門の書」である。こちらにも、乞うご期待だ。
【プロフィール】
倉山満氏。憲政史研究者。シリーズ累計20万部を突破したベストセラー『嘘だらけの日米近現代史』『嘘だらけの日中近現代史』『嘘だらけの日韓近現代史』に続いて、『保守の心得』を3月1日に発売
<取材・文/日刊SPA!取材班 撮影/本多 誠>
『保守の心得』 学校では教えてくれない「保守入門」の書 |
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