高度経済成長へのノスタルジー
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―― 岸田政権は「新しい資本主義」を掲げ、小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換し、分配を強化すると表明しています。斎藤さんは『人新世の「資本論」』(集英社新書)で資本主義のあり方について議論していますが、岸田政権の「新しい資本主義」をどのように見ていますか。
斎藤 コロナ禍で、ついに自民党も
新自由主義改革の問題点を認めざるを得なくなったということでしょう。1995年以降、
自民党が雇用にかかわる規制の緩和を進めたことで、日本の労働環境は悪化し、低賃金・長時間労働が広がっていきました。いわゆるブラック企業やブラックバイトも増え、労働者を使い潰す働かせ方が一般化してしまった。
その一方で、スーパー富裕層たちは資産運用などによって富を増やし、アベノミクスのもとでは年間所得1億円以上の人が1万人ほど増えました。その背景には、企業が株主への配当金をどんどん増やしたことがあります。
こうした
貧富の格差をさらに悪化させたのがコロナ禍です。非正規雇用の労働者の多くはテレワークが難しい仕事についているため、コロナに感染する危険にさらされながら働かなければならず、休業補償金も支払われないなど、苦しい立場に追い込まれました。
それに対して、富める者たちはテレワークができるため、コロナに感染する心配もなく、株高を利用して、資産を増やしていきました。
このような状況を受けて、さすがの自民党も経済格差を解消する方向へと舵を切ることにしたのでしょう。これはある意味で当然のことです。岸田さんではなく他の人が総理大臣だったとしても、同じ方針を打ち出していたと思います。
しかし、問題は、
岸田政権の経済政策によって本当に格差を是正できるのかということです。
岸田さんの
「新しい資本主義」の内容は非常に曖昧で、具体的にどのような政策をとるつもりなのか、まだはっきりしません。その分配政策は経済成長を前提としていますが、成長戦略の要はデジタル産業です。しかし、
デジタル分野に投資するだけなら、アメリカを見ればわかるように、むしろ貧富の格差は拡大するでしょう。
デジタル産業はかつての自動車産業などと比べて、あまり雇用を生まず、寡占を生み出す傾向があるからです。
もう一つ指摘すると、岸田政権は「第6次エネルギー基本計画」で、2030年までに石炭火力を19%、原子力を20~22%、再生エネルギーを36~38%にすることを目標として掲げています。しかし、これほど気候変動が問題になっている中で、石炭火力のような旧来の技術に依存するなど到底考えられません。
実際、石炭火力を重視する日本の姿勢は、先日グラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組み条約締約国会議)でも厳しく批判され、日本は温暖化対策に後ろ向きな国に贈られる「化石賞」に選ばれてしまいました。
岸田政権は「令和版所得倍増計画」を打ち出すなど、どうもかつて
の高度経済成長へのノスタルジーを持っているように見えます。けれども、もし岸田さんが石炭火力を使用したり、ガソリン車などをたくさん作ったり、あるいはGOTOキャンペーンによって人々にお金をバンバン使わせることで経済を成長させようと考えているなら、それは「新しい資本主義」でもなんでもなく、
古い技術に基づいた「古い資本主義」にすぎないのです。
―― 諸外国もコロナ禍によって経済格差が広がったため、様々な対策を講じていますが、岸田政権との違いはありますか。
斎藤 世界の政財界の指導者たちが集まるダボス会議でも「
グレート・リセット」が掲げられ、経済のあり方を根本的に見直そうという動きが見られるようになっています。その意味で、海外も日本と同じように「新しい資本主義」を模索していると思いますが、
岸田政権の政策とは全く違う内容です。
たとえば、アメリカのバイデン政権は大規模な財政出動を行い、
再生可能エネルギーや電気自動車用のインフラ整備などに投資することで、新たな雇用を生み出そうとしています。これは
グリーン・ニューディール政策と呼ばれるものです。
彼らの念頭にあるのは
環境問題です。近年、国際社会では環境問題への関心が高まっており、特にコロナ禍以降、環境に対する危機意識が強くなっています。
パンデミックの原因は環境破壊にあると見られているからです。
その流れで、今後やってくることになる気候危機という環境問題に対して、もっと積極的な対策をしなくてはならないという意識が強くなっている。その際には、持続可能な技術に投資することで、緑の経済成長を実現することが目指されるようになっているのです。
―― 海外の「新しい資本主義」によって、環境を保護しながら経済成長を実現することはできますか。
斎藤 現在の取り組みでは環境を維持することはできないというのが、グレタ・トゥーンベリさんたちの見方です。グレタさんたちはCOP26にあわせてグラスゴーで大規模なデモを行い、COP26に対して、「グリーンウォッシュ(うわべだけの環境配慮)」、「ブラ・ブラ・ブラ(くだらないおしゃべり)」と強い表現で批判していました。COP26で提出された温室効果ガス排出量の削減計画を実施しても、2100年までに約2.4℃気温が上昇することになり、これまで目標とされていた1.5℃を大幅に上回ります。
また、今回のCOP26はコロナ禍のせいで、一部の発展途上国の人たちは参加できませんでした。しかし、気候変動の影響を最も受けるのは発展途上国の人たちです。これでは何のためにCOPを開いたのかわかりません。グレタさんたちはこの点も非難していました。
『人新世の「資本論」』でも論証しましたが、環境を守るためには、先進国が経済成長をあきらめなくてはなりません。つまり、大胆なシステムチェンジが必要で、無限の経済成長を続けようとする資本主義という既存の枠組みを維持しながら環境を維持していくことは不可能です。資本主義そのものを見直し、脱成長型の社会に転換していく必要があります。
そうした「人新世」という時代の大きな文脈で考えると、
日本の経済政策は欧米に対して何周も遅れているし、その欧米の政策ですら不十分で、方向性も見誤っているということになります。