ばくち打ち
第6章第4部:振り向けば、ジャンケット(3)
「トラ退治とハエ駆除」に同時進行するように、マカオ政府はジャンケット事業者の営業規制を強化し、監視を強めた。
そこで縮小していくマカオのジャンケット・マーケットで起きたのが、業界の激しい淘汰だった。
系列化・寡占化が進行する。
小さな業者は、より大きな業者に喰われていった。
大手に吸収合併されるのはまだいい方で、弱小業者たちは破産・逃散する。
2013年1月、マカオのカジノ規制当局・DICJ(Gaming Inspection and Coordination Bureau)に登録されたジャンケットは235事業者あったのだが、これが2019年には、半分以下の100件まで減少した。
ある業者はマカオのDICJに登録しながらも、規制の緩いカンボジアのカジノに客を送り込むよう特化していった。
またある者は、マニラの新興大手カジノに流れた。
そして起きたのが、コロナ・ウイルスによる新型肺炎の流行だった。
DICJは、2020年2月15日から、すくなくとも15日間の完全閉鎖をすべての合法カジノに命じた。おそらく、これは長引く。
WYNN Macau社によれば、カジノを閉鎖するとBurning Cost(人件費その他の必要経費)として、一日につき約3億円の損失を計上するそうだ。
こういった諸条件が重なり、2020年にはマカオのジャンケット業界の極端な縮小が予想されている。
じつは『三宝商会』は、2019年秋の段階で、ギャラクシーやMGM、そして良平がオフィスを構えるハウスでの部屋持ち『天馬會』から、買い取りの打診を受けていた。
大陸の「黒悪勢力」に汚されていない顧客リストが欲しかったからなのであろう。
まあ、大陸の「黒悪勢力」には汚されていないかもしれないが、『三宝商会』で大口の顧客は、中国共産党中央執行委員会が指定する「5類12種」に引っ掛かる、「日本の黒悪勢力」の関係者が多いのだが。
その時は、3000万HKD(4億5000万円)という価格で、良平はオファーを蹴った。
判断を誤った、と良平は悔やむ。
年が明けてからの『三宝商会』には、その半額の価格をつくまい。
もうじき、春節(旧正月)を迎える。
『三宝商会』は、開店休業の状態がつづいていた。
なにしろカジノが閉鎖されているのだから、商売のしようがない。
優子にはカジノが再開されるまで、長期の休暇を与えた。
「うれしい」
ボーイ・フレンドのジャッキーと、優子は真冬の北海道の温泉巡りを満喫するそうだ。
大陸からの旅行者が途絶え、予約はどこでも簡単に取れると言っていた。
新型コロナ・ウイルスへの恐れで人けが去ったマカオの肌寒い街に、赤い布に金の刺繍で抜かれた、
――新年快楽・恭喜撥財・如意吉祥・金玉満堂
の文字が鮮やかに浮かび上がる。
「金玉」といっても、日本語で意味するそれではない。
文字通り、ゴールドと翡翠(ひすい)のことを指した。(つづく)
第6章第4部:振り向けば、ジャンケット(2)
5類はさらに、12種に区分される。
1. 政治の安全、特に政権の安全と制度の安全を脅かす、政治領域に浸透する黒悪勢力
2. “基層政権(区・郷・鎮・村の人民代表大会と人民政府)”の権力を握る、“基層換届選挙(区・郷・鎮・村の人民代表の改選選挙)”を操作して破壊する、農村資源を独占する、“集体資産(農村の共同資産)”を横領するなどする黒悪勢力
3. 家族や“宗族(一族)”の勢力を利用して農村でのさばって地方の覇を唱え、庶民を抑圧し痛めつける“村覇(村の顔役)”などの黒悪勢力
4. 土地収用、借地、立ち退き、事業案件の建設などの過程で、扇動や騒動を引き起こす黒悪勢力
5. 建築工事、交通運輸、鉱物資源、漁業などの業界や領域で、工事の独占、悪意の競争入札、不法占拠、乱開発・乱採掘を行う黒悪勢力
6. 市場、卸売り市場、駅や埠頭、観光地などの場所で、不正手段や暴力により商売を独占したり、強引に売り買いさせたり、みかじめ料を徴収したりする“市覇(市場の顔役)”や“業覇(業界の顔役)”などの黒悪勢力
7. “黄色・賭博・薬物(ポルノ・ギャンブル・薬物)”などの違法犯罪活動を行う黒悪勢力
8. 違法な高利貸付や暴力的取立を行う黒悪勢力
9. 民間の揉め事に介入し、闇の法執行を行う黒悪勢力
10. 中国国内へ入境して発展・浸透した“境外黒社会(国外・境界外の暴力団)”及び多国籍・境界越えの黒悪勢力
11. 乱脈なワクチン市場や砂利採取などの業界で活動し、合法的な生産経営を妨害し、正常な市場秩序を破壊する黒悪勢力
12. “信訪条例(陳情条例)”に違反して、陳情者が違法に上級機関へ直訴する、無理筋の陳情を行う、長期にわたり繰り返し陳情を行う、脅して財物をゆすり取るなどにより組織秩序や社会秩序を著しくかく乱するのを組織・画策・扇動する陰の組織者や指示者
(※日経ビジネスオンライン・『世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」』2018年3月9日号より)
10の“境外”には国外のみならず、「一国二制度」で境界外に位置付けられる香港・マカオ、さらには中国が自国の1省としている台湾を含んでいる可能性が高い。台湾の暴力団「竹聯?」(ジュリェンパン)は名高い。
と北村豊は加えて解説している。
「トラ退治とハエ駆除」が一段落して、やっとマカオの大手ハウスのVIPフロアに大口の打ち手が戻ってきたら、突然ともいえる中国共産党中央執行委員会と国務院からの「掃黒・除悪」通達だった。
ここ数年、マカオの大手ハウスでは、一般フロアで客数および客単価の伸長が著しい。
それゆえ、VIPフロアでの大幅な減収がおこっても、大手ハウスは経営的になんとか息がつけた。
しかし、大口の顧客に「黒悪勢力」が多くを占める大手ジャンケット事業者は、そういうわけにはいかなかったのである。(つづく)
第6章第4部:振り向けば、ジャンケット(1)
2019年は、マカオ・ジャンケット業界の凋落が誰の眼からも隠せなくなった年だった、と総括してもそれほど間違ってはいまい。
大手カジノ事業者の売り上げの7~8割を占めていたVIP部門が、劇的に縮小した。ほとんどの大手ハウスでは、VIPフロアとマス(=一般フロア)の売り上げの差がなくなってしまったのである。
カジノ業界での「売り上げ」とは、「バイイン(チップを売った金額)・マイナス・ペイアウト(チップを買い戻した金額)」である。つまり、「粗利」だ。
VIP部門の「売り上げ」が劇的に縮小したのには。いくつかの理由があった。
なんといっても、最大の要因は、2013年北京政府によって開始された、「トラもハエも叩く」とする「反腐敗運動」だったのだろう。
これは、中国共産党および軍や行政官僚機構の腐敗が深刻であり、中国の経済発展を妨げている、いう党指導部の危機感から始まったものだった。しかし、実際には政治的ライヴァルの追い落とし、といった権力闘争の道具としても活用された。
運動開始から5年ほどで、約150万人の軍人と官僚が取り調べを受けた、と報道されている。腐敗の深刻さおよび規模の巨大さがわかろうというものだ。
ちなみにこの運動で、高級官僚と佐官以上の軍人が合わせて260人以上失脚している。
習近平(シー・ジンピン)国家主席は、「反腐敗運動」によって抵抗勢力をほぼ一掃し、盤石の政権基盤を構築した。
「反腐敗運動」は、当然にもマカオの大手カジノ事業者に莫大な影響を与える。
2004年5月のサンズ・マカオのオープニング以来、毎年確実に2桁の成長を遂げていたカジノの「売り上げ」が、2013年以降大幅な減少に転じたからだった。
これは、どうしてもそうなってしまう。
なぜなら、大手ハウスの「売り上げ」の7~8割を占めていたのはVIP部である。ミもフタもない言い方をしてしまえば、VIPフロアで博奕(ばくち)を打つ客のほとんどは、大陸の腐敗官僚と汚職軍人だったのである。
260人以上の官僚幹部と高級軍人が獄につながれ、「反腐敗運動」は、2017年にひとまず落ち着いた。それが証拠に、と言ってはおかしいかもしれないが、2017年からマカオの大手ハウスの「売り上げ」も、回復の兆候を見せ始めた。
ところが、2018年1月になると、「紅頭文件(中国共産党や政府機関の公文書)」として「掃黒除悪十二類重点打撃対象」が発表される。
黒悪勢力(暴力団・悪い奴ら)を撃てとする、いわゆる「掃黒除悪」と略称される方針だった。
この発表では黒悪勢力を5類12種のカテゴリーに分けた。日経ビジネスオンライン・『世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」』3月9日号での説明では、「黒悪勢力」は以下のごとくなる。
【第一類】政治の安定を脅かす、政治領域に浸透する黒悪勢力
【第二類】基層政権の権力を握り、基層改選選挙を操作し、農村資源の独占や農村共同資産の横領を行う黒悪勢力
【第三類】家族や一族の勢力を利用して農村を支配する“村覇”などの黒悪勢力
【第四類】あらゆる場所で利益を求めて活動する悪徳業者、“市覇”、“業覇”および暴力団などからなる黒悪勢力
【第五類】陳情者を組織・画策・扇動する陰の組織者や指示者
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(29)
「ギャッ」 「キャッ」 「グアッ」 優子を含み、誰がどの音を発したかは不明だが、指揮者がタクトを振り下ろした瞬間のごとく、同時に多発の絶叫が迸(ほとばし)った。 ディーラーの掌の下に、左右3点、中央1点のダイヤの7の […]
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(28)
サンピンの8が出てきたら、1プラス8の9でプレイヤー側は負けるのだから、本当は「なんでもええ」わけがなかろう。 8のカードが現れる確率は13分の1。 絶対に起こらない、とは決して言えないのだが、まず起こるまい、と信 […]
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(27)
「そうですよね。緊張しすぎて、そこまで頭が回りませんでした」 と優子が、唇を歪めて自嘲する。 ベットの時は赤黒く膨れていた顔だが、この時点では蒼白のそれに戻っていた。 このとき、決勝テーブルの背後で展開を見守ってい […]
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(26)
百田と山段の二人も、もちろんシークレット・ベットの権利を行使する。 卓上に三枚のシークレット・カードが出揃った。 昔懐かしい日本のバッタまき(=アトサキ)の場なら、ここで中盆が、 ――盆中、揃いました。よろしいで […]
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(25)
――Go for Broke. 当たって砕けろ、というやつだった。 百田が優勝を目指すとすれば、この局面では当たり前ならそうする。 ディーラーがセカンド・ラスト第二十九のクーを開いてみれば、プレイヤー側には、絵札 […]
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(24)
シュー・ボックスから一枚ずつ引き抜かれるカードの、しゅっしゅっというかすかな音が、決勝卓に残る三人の心を、きっと切り刻んでいることだろう。 いったん所定の位置に並べてから、ディーラーの少女の細長い指が、カードをひっく […]
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(23)
プレイヤー側の最初の二枚のカードは、絵札にサンピンの6。 プレイヤー側の持ち点6には、いかなる場合でも三枚目のカードの権利はない。すなわち、プレイヤー側の持ち点は、6で確定した。 一方バンカー側のそれは、リャンコ・ […]