湯島の路地裏に「気絶」の看板。謎の店に潜入したら居心地最高だった

 ようやく緊急事態宣言が明けた。僕も記者の端くれとして、刻一刻と変化する状況を報じてきたわけだが、正直ヘトヘトである。これは“やりがい”のある仕事だ。コロナ禍に突入してから「だれかのため」と無我夢中で走り続けた。しかし、ふと気づけば「自分のため」はどこへいった。果たして、これでいいのだろうか――。

俺の夜 上野のサウナで自問自答を繰り返し、答えが見つからないまま不忍池の周辺を歩く。そして、うつむき加減で湯島の裏通りまで来たときだった。足元に「気絶」と書かれた額縁が。どうやら店の看板らしい。見上げればスナックなどが入る雑居ビル。気になってしまい、僕は潜入してみることにした。

「萌え」の強要がない素のままでいられる場

「あ、こんにちは~」

写真左から休符さん、もも花さん、わたなべそうさん。男性のメイドも在籍する。漫画やアニメなど、それぞれ会話の得意分野があるとか

 メイド姿の男女がゆるりと出迎える。昔ながらのスナック然とした店内は多くの客で賑わっており、メイドたちは、まるで友達のように接している。そもそもお決まりの挨拶と言えば、「お帰りなさいませ、ご主人様」ではないのか。いわゆるメイドカフェとは、どこか様子が異なるのだ。

「萌えの強要っぽいのはしたくないんですよね」

 そう教えてくれたのは、カウンターにいた店主のかすやかずのりさん。ここは“疲れ果てて気を失ったメイドたちが見ている夢の世界”というコンセプトのもと、自分の好きなものを集めたのだという。店の奥には、大きな本棚。漫画やゲーム関連を中心にさまざまな書籍が並ぶ。お酒やソフトドリンクを飲みながら自由に読書ができるらしい。

俺の夜

店内にはあらゆる本が並び、メイドと好きなシーンの話で盛り上がることも。ちなみに漫画『スラムダンク』は世代を超えて通じる

 置かれていた漫画『スラムダンク』を手に取る。パラパラとめくっていると、懐かしいページが目に留まる。すると、「そのシーンいいですよね、僕も好きなんです!」とわたなべそうさん。あの桜木と流川がね、と世代を超えて会話に花が咲く。

サブカル好き集合!本や趣味の話を楽しもう

 やっぱり、趣味嗜好を共有できるとうれしい。休符さんが言う。

「読書に専念するコースもあるけど、2回目からは普通におしゃべりに来るお客さんが多いかな」

 同店のメイドたちは、それぞれ何かしらサブカル系の話題を得意としている。そんな個性的な店が湯島にあるとTwitterを通して徐々に広まり、「自分の好きなことを話したい」という客が集まってきたそうだ。実は、もも花さんも最初は客のひとりだった。

「お客さんとして来てみたら、あまりの居心地のよさに『私も働かせてください』って」

俺の夜 本棚には、憧れの沢木耕太郎の名著を何冊も発見。かつて僕は『深夜特急』に影響されて、世界中をバックパッカースタイルで旅した。記者という職業柄、普段は聞き手に回ることの多い僕だが、お酒の力も手伝ってか、自分の過去を“素のまま”で話していた。ほろ酔い加減のかすやさんが、こう打ち明ける。

まるで馴染みのスナックにメイドがいるような新感覚

俺の夜

スナックのような雰囲気の同店で「数少ない“映え”メニュー」というクリームソーダ(880円)

俺の夜

メイドにごちそうすることも可能だ

「もともとは広告業界にいて、フリーでデザインやコピーライティングもしていました。ただ、“やりがい搾取”などの構造的な部分が心底嫌になってしまって。自分が求めている場所は、自分でつくるしかないのかなと考えて」

 こうして誕生したのが「本とメイドの店 気絶」なのだとか。

 さて、もちろん「だれかのため」と思うことは非常に大きな力を生み出してくれるが、それだけでは消耗してしまう。たまには、純粋に「自分のため」の場があってもいいのではないか。改めて、そう実感したのである。

俺の夜

メイドといえば定番のチェキ撮影(550円)。休符さんと来店記念にツーショットをパシャリ。手描きでかわいらしく仕上げてくれた

 メイドたちと過ごした夢のような一夜。翌朝、目が覚めると心がふっと軽くなっていた。

【本とメイドの店 気絶】
住:東京都文京区湯島3-46-6 TS 天神下ビル6F
電:050-3698-7008
営:13~21時(平日)、12~21時(土日)
料:はじめましてコース60分2200円(ドリンク2杯+チェキ券)
詳細はTwitter(@k_i_z_e_t_s_u)で随時更新

撮影/長谷英史

マエザワ エロ本出版社出身、元ギャル男雑誌編集者。無類の外国人好き。趣味は「夜の国際交流」
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