中高年の拠りどころというイメージがある「スナック」。その文化を名門大学の新卒カードを捨て、新しいかたちで継承しようと模索する若者がいる。この春に一橋大学を卒業し、国立市で「スナック水中」を4月19日に開店する坂根千里さん(24歳)だ。
もともとはバリキャリ志向で「都心のいい会社に就職し、自立した女性になりたい」と考えていた。学生団体を立ち上げ、海外インターンシップに参加するなど活発な大学生活を送っていたが、一体なぜ、コロナ苦境の真っただ中にある“夜の道”を選んだのか。
衰退していく文化を新時代に紡ぎたい
坂根さんは大学2年生のとき、知人と訪れたスナックでカルチャーショックを受けたという。「隣のおじさまが『なんか歌いなよ!』と絡んできたり、急に会話に割り込んできたり、『なんだここは!?』というのが正直な印象でした(笑)。でも、普段の同世代との接し方とは全く違う距離感なのが新鮮で楽しくて……」
ニコニコしていると、ママから「働きなよ」と誘われた。それが、
「スナック水中」の前身である「すなっく・せつこ」との出合いだった。そして、すぐにチーママとしてアルバイトを始めたが、コロナ禍などの影響で閉店することになったのだとか。そこで、20年以上店を切り盛りしてきたママから後継者として口説かれたのだ。とはいえ、葛藤もあった。
「友人からは肯定的な声もありましたが、実際は『そんなに甘くない』『意味不明』という意見も少なくなかったんですよね」大企業に就職することより選んだのは「居場所づくり」
坂根さんには休学期間があり、先に就職した同期たちは大企業で活躍。それを横目に1年近く悩んだという。仮に店を継いでも生活できるだけの売り上げを出せる保証はない。就職活動と並行しながら、坂根さんは経営についてゼロから勉強を開始した。地元商工会などの支援を受けつつ、創業計画書を作成するうち、徐々に覚悟が決まっていったと話す。
「スナック文化はコロナ禍や高齢化で衰退していますが、逆にそこに大きな可能性があると感じています。人件費や家賃などの固定費を抑えられ、利率も高いスナックは、全国に10万軒以上あるといわれています。そんなスナックの次世代に向けた新しいあり方を模索することは、非常にやりがいがあることだし、これから挑戦するだけの価値があるとも思いました」坂根さんは、地域から愛されながら、“おとなの社交場”としても機能するスナックの魅力を若者たちに伝えるべく、開業に向けてクラウドファンディングを実施。約400万円の資金を調達し、老朽化した店舗を改装した。
たいていのスナックは、外から店内の様子が見えず、知り合いのツテがなければ“一見さんは入りにくい”というイメージがあるかもしれない。そこで坂根さんは、ガラス窓にして覗き見できるようにしたという。逆風下だからこそ挑戦する価値がある
店づくりのテーマに掲げたのは“スナックの若返り”だ。先代から引き継いだ60~70代の常連客はもちろん、新規のミドル世代から若者や女性でも訪れやすい仕組みを考えている。野菜中心の料理やノンアルコール飲料も充実させ、SNSでの情報発信にも注力していくつもりだ。坂根さんが言う。
「語弊があるかもしれませんが、スナックはいろんな人の“しょうもなさ”を垣間見られる、人間味が溢れる場所。混沌とした魅力を残しながら、今の時代に相応しい居場所になれたら嬉しいですね」
古くより働く人たちのオアシスとして愛されてきたスナック。現代社会では性別や年齢を問わず、テレワークの普及など働き方までも多様化が進んでいる。そんななかで、誰もが家に帰るような感覚で立ち寄ってもらいたい――。
さて、スナックに足を運ぶ理由としては、“ママの人柄”も大きいだろう。19日にグランドオープンを迎えたら、今度は取材とは関係なく、坂根さんとカラオケでデュエットでもしたいと思う。
【スナック水中】
住:東京都国立市富士見台1-17-12 エスアンドエスビル1F
営:19:00~24:00
休:日・月
電:042-505-7307
料:チャージ1000円(お通し込み)、国立のクラフトビール800円~、モヒート700円ほか、カラオケ1曲200円
※営業時間や定休日が変更になる可能性があります。
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撮影/長谷英史
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マエザワ エロ本出版社出身、元ギャル男雑誌編集者。無類の外国人好き。趣味は「夜の国際交流」
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