昭和~平成期、「競馬」「野球」「格闘技」という男の三種の神器が揃った水道橋は“聖地”と呼ばれていた。令和となり、かつての熱気は薄らいでしまったが、男のロマンに変わりはない。しかし、である。趣味嗜好の多様化により、なかなか酒を片手に仲間と夢物語を語り合える場も少なくなった。
俺たちの“聖地”はいずこに? 酒場を巡るいくつもの夜を越え、たどり着いたのは新宿三丁目の地下に佇む一軒のバーだった――。
陽キャたちが集うバルの横をすり抜け、階段を下っていくと一気に雰囲気が変わる。昭和の薫り漂う、ひっそりとした空間。ミュージックバー「Haagenti」。金属を黄金に変え、水をワインに変える悪魔の名らしい。
恐る恐る開けた扉の先にいたのは、まさに輝く金色の髪をなびかせたギャル、オーナーの伊織さんだった。その美貌は、元レースクイーンで、現在もモデルとして活躍中というから折り紙つきだ。カウンターだけのレトロな店内には’80年代ポップス。バックバーの上にはサインボールや馬券が飾られている。
「天皇賞、どうでしたか?」。ちょっとかまをかけてみると、「トリガミですよー、来週まで競馬はお休みです!」とテンポのよい返しにすぐに会話も弾む。カウンターの奥では野球談議に花が咲いている。懐かしくもちょうどいい、この感じ。オタクに優しいギャルは、本当に存在した!
美女が立つ店、というのは意外とくせものだ。女性目当ての厄介な客が集まることもあり、結局、酒場として楽しめないこともある。だが、そんな気配は微塵もない。皆、飲み慣れていて、中には80代の大先輩も伊織さんと孫を可愛がるように飲んでいる。
「私、一人っ子で大人に囲まれて育ったから、中身がおっさんなんですよ(笑)。母の影響で、叩き上げの熱狂的な阪神ファンにもなりましたし」
そう笑いながらも、どこか品がある。聞けば、果たして都内の名門女子大出身のお嬢。芸能活動を始めたのも、服好き、衣装好きの延長線上だという。店を始めたのは2年前。二丁目で知り合ったコウさんと一緒に立ち上げた。
なぜギャルはハスキーなのか?
「音楽、野球、競馬、格闘技はもちろん、ゲイや女装、SM、フェティッシュと、客層や話題はもうめちゃくちゃです。まとまりがつかなすぎて、とりあえず“ミュージックバー”にしとこっか、って。私、中学生の時からずっとギャルで、ギャルって我が道を突き進むじゃないですか。だから、同じように突き進んでいる変態やオタクな人に偏見がないし、根明だから、いろんな人が通ってくれるんだと思います」
今もひたむきに毎日店に立つ。地方競馬の馬主になったり、保護猫、保護犬の活動を将来はしたいという。オタクに優しいギャル、派手に見えて根は真面目で心優しい。ネット上の都市伝説と言われた男の理想のギャルは、実在したのだ! そんな感動に身を震わせている自分を見て、ハスキーボイスでころころと笑う伊織さんに、ふと長年抱えていた「なぜギャルはハスキーなのか?」という疑問をぶつけてみる。
「ギャルって、しゃべりすぎ、笑いすぎ、しかも声でかいんで、喉がかれちゃうんですよ。ほんとうるさい(笑)」
中学を出てから自力で留学資金を貯め、10代でロンドンに渡り、帰国後、売り専などを経験しながら独立して、現在は通信制大学で学び直すコウさんとの二人三脚(コウさんの人生もやたら情報量が多い!)。「ほんと、変わった子だけど、あんまりいないタイプなのはたしか。今は6、7人入ったら満席のお店だけど、二人でこれから大きく育てていきたいですね」
個性的な二人が育む、男のロマン溢れるバー。新宿三丁目の地下が、新たな聖地となる日は近い?
【ミュージックバー「Haagenti」】
住:東京都新宿区新宿3-11-12 永谷テイクエイトB1F
電:03-6457-4134
営:19:00~27:00
休:日祝
料:チャージ800円 ドリンク900円~
※詳細や最新の営業情報はTELもしくはTwitter(@Haagenti2018)にて。伊織さん、コウさんのほかにも男の娘など多彩なスタッフが揃っている
撮影/芝山健太
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