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ブルーノ・サンマルチノ“7年8カ月”の苦悩――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第7回

「フミ斎藤のプロレス講座別冊」WWEヒストリー第7回

 ニューヨークをはじめとするアメリカ東海岸エリアのプロレスファンにとってブルーノ・サンマルチノがどういう存在だったかというと、全盛期のジャイアント馬場とアントニオ猪木を合体させたような絶対的なヒーローということになるのだろう。
ブルーノ・サンマルチノ

“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノの全盛期の試合会場販売用のブロマイド。この写真の上にブルーノ本人のサインが入ったものがオークションで高額で取り引きされている

 その人気と威厳はどこか神がかりで、観客の思考回路をフリーズさせてしまうような数かずの“超常現象”を創りだした。  サンマルチノの人間ばなれした怪力ぶりが最初に映像化されたのは、体重600ポンド(約272キロ)の“お化けカボチャ”ヘイスタック・カルホーンとの遭遇シーンだった。  それまでどんなレスラーがぶつかってもビクともしなかったカルホーンの超巨体を、サンマルチノは両肩にかついでぐいっと持ち上げてみせた。カルホーンはサンマルチノの体にしがみつきながら、空中で両足をバタバタさせた。ちょうどエアプレンスピンの体勢で静止しながらスクワットしたようなポジションだったという。  ところが、ひじょうに不思議なことにいまでもオールド・ファンのほとんどは、サンマルチノがこのときカルホーンを頭上高く差し上げてボディースラムでいっきにキャンバスにたたきつけた、というふうにこのワンシーンを記憶している。衝撃的な映像が、記憶に演出を加えているのだ。  TVマッチのデモンストレーションでは、300ポンドのベンチプレスを38ラップしてからリングに上がったこともあった。  “宿命のライバル”はいなかった。WWWF世界ヘビー級王者サンマルチノとアメリカ全土からニューヨークにやって来るチャレンジャーたちとの闘いが、そのままマディソン・スクウェア・ガーデン月例定期戦の“大河ドラマ”になっていた。  キラー・コワルスキー。ジン・キニスキー。ゴリラ・モンスーン。フレッド・ブラッシー。ビル・ワット。ワルドー・フォン・エリック。レイ・スティーブンス。全米の強豪たちが次から次へとニューヨークのリングに現れては“ワールド・チャンピオン”サンマルチノに挑戦した。  サンマルチノはなにがなんでも正義の味方で、チャレンジャーたちはどんなときでも自動的にヒールになった。それがビンス・マクマホン・シニアが考えるところのニューヨーク・スタイルのプロレスであり、ニューヨーカーも勧善懲悪のドラマを好んだ。  当時のWWWFの興行テリトリーはニューヨーク、ニュージャージー、ボルティモア、フィラデルフィア、ピッツバーグ、ワシントンDC、ボストン、ロードアイランドなどイーストコーストの主要都市。サンマルチノと闘ったチャレンジャーたちは、いずれも“90日サイクル”で東海岸サーキットを消化していった。  サンマルチノ自身は、“ワールド・チャンピオン”としてWWWFエリアではないカナダ・トロント(フランク・タニー派)、プエルトリコ、西海岸エリア、オーストラリア、ニュージーランド、日本にも足を伸ばし、1967年(昭和42年)と1968年(昭和43年)に来日し、東京と大阪で合計3回、ジャイアント馬場とタイトルマッチ(サンマルチノが馬場のインターナショナル王座に挑戦)を闘った。  サンマルチノがWWWF世界王座を保持した“第1期”は、1963年5月から1971年1月までの7年8カ月間だった。1968年に腰を負傷してからは、トレードマークのバックブリーカーを使わなくなった。  サンマルチノはヒーローを演じることにすっかり消耗し、1970年の時点ですでに引退を考えはじめていた。サンマルチノに代わる新しい“主役”探しがはじまった。
サンマルチノの長期政権にストップをかけた怪力レスラー“怪豪”イワン・コロフ

“怪豪”イワン・コロフは、米ソ冷戦時代の“ソ連人キャラクター”。サンマルチノの7年8か月にわたる長期政権にストップをかけた怪力レスラー(米専門誌『レスリング・レビュー』=1970年より)

 1971年1月18日、マディソン・スクウェア・ガーデンのリングでサンマルチノは“ロシアの怪豪”イワン・コロフにフォール負けを喫し、ついにベルトを明け渡した。その瞬間、ガーデンはシーンと静まり返った。 「鼓膜をやられたかと思った。なにも聞こえなかった」とサンマルチノは回想する。(つづく)
斎藤文彦

斎藤文彦

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