「虹の根本にある素敵なもの」――爪切男のタクシー×ハンター【第四話】
よくわからない前置きになったが、ようやく今回のタクシーの話である。
その日の運転手は、サスペンス映画の神様アルフレッド・ヒッチコックによく似た少し不愛想なおじいさん。不愛想だけど、だからといって嫌な感じがしない佇まいがベテラン運転手といったところだ。その落ち着いた大人の雰囲気にすっかり安心した私は、自分が外国人窃盗団のモンゴル人リーダーに間違われた話をした。
「~ということがあったんですよ」
「お客さん、それは大変でしたね。怒りたい気持ちもわかりますよ」
「ありがとうございます。でも泥棒って面白いですよね。どれだけ時代が変わっても、泥棒っていますもんね」
「今はただの犯罪者ってイメージだけど、私が子供の頃はね、泥棒っていうと義賊って言ってね。正義の味方っていう見方もしてたんですよ」
「石川五右衛門とかですかね? 確かにかっこいいですよね~」
「そうそう、悪い奴からお金盗んでね。そのお金を町の貧乏な人に分け与えるってね。良い話だよね~」
運転手と泥棒の話をしながら私は思った。そう考えると、泥棒は泥棒でも下着泥棒は本当にダメだ。石川五右衛門のように盗んだ下着を町中にばらまいたとしても、単なるヤバい奴でしかない。お金ではいろいろな物が買えるけど下着では何も買えないのだから。下着は通貨ではないのだから。しかし、極悪人がどんな下着をはいているのかはちょっと気になるところである。法で裁くことのできない悪人の下着を盗み、はいている下着を白日の下に晒して恥をかかす。下着泥棒が英雄になるのはこの道しかないのではないか。うん、本当にどうでもいい話だ。
実は、私の父親には当て逃げの前科がある。そのことで私が困ったことは特にないので、父に対する恨みの感情は全くないのだが、彼の罪状に「逃げ」の言葉が付くのが本当に不憫で仕方がない。学生時代はアマレスでぶいぶい言わせていた私の父。強気のタックル、逃げない強い心が信条だった彼が消えない「逃げ」の罪を犯すとは、人生は本当に残酷なものである。罪を犯したことで勤めていた森林関係の仕事をクビになった父。「罪を犯して森を追われる」。まるでおとぎ話のような話である。身内の罪を面白おかしく書くものではないかもしれないが、祖父もちょっとしたことで警察のご厄介になっていたそうである。つまり私の家系の男たちは罪人ばかりなのだ。
「運転手さん……」
「はい」
「今日、窃盗団に間違われたんですけど、うちの家系って前科者が多いんですよ」
「……そうなんですか」
「だから……やっぱり私の顔って犯罪者に間違われても仕方ないのかなって思いました。遺伝ですかね」
「そんなことないですよ」
「そうでしょうかねぇ……」
「泥棒に顔が似てたんじゃなくて、モンゴルの人に顔が似てただけです」
「……」
「モンゴルの人はみんな逞しい顔をしてますよ。お客さんも逞しい顔をしてます。それだけのことですよ」
「……」
もう少し言い方があるだろうとは思ったが、限られた時間の中では、これが精いっぱいの慰めの言葉なのだ。運転手のその気持ちが嬉しかった。
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! ![]() |
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