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ビンスが選択した“ショーンの時代”――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第225回(1996年編)

WWEオフィシャル・パブリシティ

“HBK”ショーン・マイケルズがWWE世界ヘビー級王者として“レッスルマニア12”翌日の“ロウ”全米生中継に登場。前王者ブレット・ハートはTVテーピングに姿を現さなかった(WWEオフィシャル・パブリシティ写真より)

 “レッスルマニア12”の翌日、WWEの全米ツアーはカリフォルニア州アナハイムから同州サンバーナディーノ(1996年4月1日=“マンデーナイト・ロウ”)に移動。翌2日はサンディエゴ(同4月2日=シンディケーション番組“WWEスーパースターズ”録画撮り)に南下。2日間で4週分収録の集中TVテーピングを開催した。

 ポスト“レッスルマニア”新路線の主人公は、いうまでもなくWWE世界ヘビー級王者となったばかりの“ハートブレイク・キッド”ショーン・マイケルズである。新チャンピオンとしての記念すべき王座初防衛戦の相手は、大ベテランのジェリー“ザ・キング”ローラーだった。

 現役選手というよりはTVショーのカラー・コメンテーターとしての仕事のほうが本業といっていいローラーは、ショーンにとってはやや退屈なチャレンジャーだったのだろう。試合はショーンの十八番スウィート・チン・ミュージック一発であっさりジ・エンド。手に汗握るスリリングな展開とはいかなかった。

 もっとも、この日のTVテーピングの焦点はショーン対ローラーのタイトルマッチそのものではなくて、ゲスト解説者としてこの試合を実況ブースから観戦したディーゼル(ケビン・ナッシュ)の存在だった。

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ディーゼルは予想どおり、リング内に乱入

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