風俗嬢のおっぱいを背中に感じながら私はギブアップした――爪切男のタクシー×ハンター【第二十二話】
大人になってから、この時のことを親父に聞いたことがある。親父はちゃんと覚えていた。何回注意しても、何回頭を叩いてもガムを飲み込むアホな私を見ていたら、次第に笑えてきて死ぬことを思いとどまったのだという。もし、私がガムをクチャクチャと噛み続けるガキだったら、私達親子は今頃海の藻屑と消えていたかもしれない。
そんなこんなで、大人になった今でも、私はガムを飲み込んでしまう癖が治らない。ガムを食べていると、あの時の港の風景をたまに思い出すのだ。あの時、生きることを決心してくれた親父への感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
ただ、私はこれまで楽しく生きてきたが、親父は本当に楽しかったのだろうか。
森林組合で働いていた時、防虫剤を散布する森を間違えてしまい、始末書に「私はもう二度と森を間違えない」という浪漫を感じる一文を書いた親父。強い男に育って欲しいという一念で、スパルタ教育で子供を育ててみたら、遠距離からエアガンで射撃してきたり、フロント部分に五寸釘を付けた殺人ミニ四駆で命を狙ってくる卑怯な子供に育ってしまったことを嘆いていた親父。車の当て逃げで前科者になってしまい、大好きだった地域のお祭りでお神輿を担ごうとしたら「罪を犯した人はお神輿に触ってはいけない」とお神輿を担げなかった親父。アマレス時代の栄光を忘れられず、再就職した警備員の仕事で、万引き犯をアマレスタックルで捕まえることしか生き甲斐がないと言っていた親父。
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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