風俗嬢のおっぱいを背中に感じながら私はギブアップした――爪切男のタクシー×ハンター【第二十二話】
自分のタックルが決まらなかったのは運動不足によるものだなと痛感した私は、タクシーを使わずに家まで走って帰ることにした。まずは基礎体力をつける必要がある。そして、いつかあの風俗嬢にタックルを決めてみせる。それが当面の私の目標になりそうだ。
気持ちの良い汗をかいて帰宅した私を同棲中の彼女が仁王立ちで睨んでいる。久しぶりのランニングでテンションが上がった私は、彼女に頼まれていたタバコを買い忘れてしまったのだ。
「しゅっっ」
好き放題文句を垂れ続ける彼女に突如アマレスタックルを仕掛ける。
「うわ~~~」
私のタックルを食らい、情けない声を上げながら床にひっくり返る彼女。かつて、親父が反抗期の私にしていたように、上からしっかりと彼女を抑えつける。身動きが取れずにジタバタする彼女。私は、あの時の親父の目線で彼女を見つめている。
いとおしい。
愛する人とこういう形でしかコミュニケーションを取れなかった不器用な親父の気持ちが少しだけ分かったような気がする。なかなかタックルを決めさせてくれない女よりも簡単にタックルを決められる女の方が良い女に決まっている。さぁ、愛する彼女と仲直りをしよう。そう思って力を抜いた私のこめかみに鈍痛が走る。
「死ね! 殺してやる!」
彼女は右手にプリングルズのロング缶を握りしめていた。そうか、プリングルズで殴られるとこんなにも痛いのか。私は笑った。彼女は叫ぶ。
「何笑ってんだ! 死ね!」
私は死なない。
年老いた親父はよく言っている。「死ぬ気で頑張ったら本当に死ぬよ。死なない程度に頑張ってもワシは借金を何とかできたよ。毎日少しずつでも頑張り続けることさえできれば死ぬ気で頑張る必要なんてないんだよ」
だから、私は死なない。
文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman
イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中

―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
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『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! ![]() |
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