スポーツ

弱いのか? 強いのか? ヤクルトスワローズに脈々と流れる“系譜”を訪ねる旅

 ヤクルトファンにとって、もはや毎年の有事ではなく“憂事”である交流戦がやっと終わった。球団史上ワーストとなる巨人の13連敗が世間の大きな関心事となっていたその裏で、ヤクルトはひっそりと10連敗を記録していた。  しかも交流戦前の5連敗ののち、1勝を挟んだ10連敗。事態はどこよりも深刻なのである。主力がバタバタとケガで戦線離脱しているのに、世間の関心は巨人一色。東京を本拠にする2チームが交流戦の最下位争いをしていたことを「都民ワースト」などと揶揄されるのはまだいいとして、腐っても「巨人ファースト」の報道には、燕党である記者もほぞを噛んだ。  鬱屈した気持ちに救いを求める如く記者は、ヤクルトファンの“救済の書”とも言われる『いつも、気づけば神宮に』(長谷川晶一著/集英社)を手に取った。

「いつも、気づけば神宮に」(長谷川晶一著/集英社刊)

 この本は、ライターの長谷川晶一氏が子供の頃からファンであるヤクルトスワローズに流れる“伝統”を「9つの系譜」に分け、あまたのOB、現役選手(もちろん山田哲人も)にインタビューし、脈々と流れる「ヤクルトらしさ」とは何なのかを紐解くものである。  筆者である長谷川氏は、取材相手の元選手に向かって、ファンであることを包み隠さず、ときには容赦ない(心の)罵声を浴びせたことを謝罪し行脚を続ける。’92年のセ・リーグ優勝の瞬間、甲子園球場で阪神ファンから与えられる恐怖から物語は始まるように、「実録ドキュメント」になっていることが読者を引き込んでいく。

弱き時代、罵詈雑言を浴びせた元選手のもとへの“贖罪の旅”

 “渋い、渋すぎるよ。地味だよ、地味すぎる。まさに名は体を表すだよ……” “大人になったら、絶対にあんな男になるまい……”(本文より)と長谷川氏が高2の頃にスタンドから思っていた、低迷期の関根監督時代のセカンド・渋井敬一を訪れる場面は白眉だ。  通常のインタビューを装いながら、思春期の渋井に抱いていたモヤモヤを反芻、そして吐露し、いつ本人に向かって、失礼を承知で謝罪を切り出そうかと必死に間合いを図る場面は、読むものをハラハラさせる。  また、「メガネを掛けた捕手」として90年代の黄金期を牽引した古田敦也が、ドラフト時に「メガネの捕手は大成しない」と当時の野村克也監督らに烙印を押されるきっかけを作り、その後定説となった、と長谷川氏が考えていた「メガネの捕手の先輩」八重樫幸雄氏に会いに行く描写も秀逸だ。  80年代の低迷期の捕手・八重樫が晩年、代打で登場するたびに、「古田に謝れ」と心のなかで野次を飛ばしていた自らを恥じ、本人に謝罪しようとするのだが、結局、八重樫のイメージを覆す意外なエピソードに惹き込まれ、その機会を逸してしまう……。  「暗黒の80年代」に指揮を執った、関根潤三にも会いに行き、関根の著書「1勝2敗の勝者論」の大いなる矛盾に切り込もうと勇んだ瞬間、「あの頃は弱くて悪かったね……」と突然謝罪され、関根氏の前の監督だった故・土橋正幸にも「弱くてゴメンな」と謝られたことがフラッシュバックし、落涙しそうになる(その後、関根氏からはその著書に関する「驚愕の事実」が明かされる場面は爆笑を禁じ得ないのだが)  と思いきや、小学4年生のとき、ヤクルトの熱狂的ファンになるきっかけを作ったというホームランを放った角富士夫を直撃、取材時45歳の長谷川氏が、ファン歴「35年分の感謝」を述べるのだが、その角氏はあまりにも前のめりに、当該試合のことを昨日のように語る45歳のオッサンにたじろいだりする。
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いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」

「明るく」「家族的で」「なぜかアンチがいない」レジェンドOB、現役選手らの証言で綴る「ヤクルトらしさ」と愛すべき「ファミリー球団」の正体。脈々と受け継がれるスワローズ「9つの系譜」

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