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“ゲス不倫”から2年半…宮崎謙介が今だから話せる当時のこと

「許す・許さないというのはあくまで妻の価値観だし、それを乗り越えるのが夫婦なのではないかと。もちろん彼女を傷つけてしまったことは悪かったし、これからの時間を費やして償っていきます」  社会的信用は失っても、大切な家族までは失わなかった宮崎氏。この経験が、彼にさまざまな“気づき”をもたらしたという。 「人間、どん底を経験しないと、いろんなことのありがたみがわからないというか。失ってみて初めて議員バッジの重みを実感できました。当時は先輩と組んでITシステム投資で年間900億円の経費削減に成功するなど、政治家として天狗になってたと思うんです。もしあのままイケイケでいってたら、自分はきっと嫌な政治家になっていたでしょう」  そして、昨年10月の『サンデージャポン』を皮切りに表舞台に復帰。なぜ今になって出てくるようになったのか。 「やはり妻が去年、衆院選で落選したことが大きいです。それまでは現職である彼女の仕事に迷惑がかからないよう自粛をしていましたが、妻からも許可を得て、これからは積極的に発言していこうと」  とはいえ、世間の不倫に対する風当たりはまだまだ強い。 「会見で号泣した野々村(竜太郎)議員は1年くらいで忘れ去られましたが、僕の場合、2年たっても世間の皆さん的にはまだまだ新鮮なようで……。そんな私に対するイメージを直接、自分の手で上書きしたかったんです」  こうして一度は泥水をすすった宮崎氏だが、昨年にはお寺や神社で小学生を対象にロボットを使ってプログラミングを教える「寺子屋LABO」という会社を起業。また、最近では昔の支援者から連絡があったり、講演の依頼も寄せられたりするそうだ。 「不倫の結末はダメージが非常に大きい。一度そういうイメージがつくとなかなか這い上がれないことを痛感しました。その意味でまさに不倫は『百害あって一利なし』です。もちろん身から出た錆ではありますが、今の自分ができることを一歩一歩積み重ねていくしかない。そして、たとえ失敗してもまたやり直せる、ということを証明したいです」 【宮崎謙介】 ’81年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒。日本生命、インテリジェンス、ドリコムを経て’12年、自民党から出馬し初当選。’15年、当時同じ衆議院議員だった恵美夫人と再婚。’16年2月、『週刊文春』の不倫報道を受けて議員辞職し離党。昨年末からバラエティ番組などに出演、起業家として精力的に活動を続ける ― [不倫しやすい女]の特徴 ― 取材・文/中村裕一 山田ジン アンケート協力/エコンテ 写真/アフロ
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