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「亡き母」と「大麻」への愛を法廷で語った被告<薬物裁判556日傍聴記>

 弁護人の質問は被告の重い過去に迫り、被告は大麻をやめるために以前母が通院していた病院に通うようになったと言います。担当の弁護人はまるでこれまでの伏線を回収するかのように畳み掛けます。 弁護人「今ね、宮坂医院にお母さん通院していたということなんだけれども、そうすると余計そこに通院するというのは気持ち的に辛いんじゃないですか?」 被告人「はい」 弁護人「うん。それでも通院しようと思ったのはね、お母さんのためにも本気で大麻をやめようと考えたということでいいですか?」 被告人「母のためでもあるんですけど、会社を紹介してくれた新谷やら、会社の社長やら、あの支えてくれる叔父さんやら、はい、自分自身のこれからのためにも、はい、そうですね、しっかり通いたいと思いました」 弁護人「今日来てくださった宮本社長もね、あなたがもし懲役に行ったり、また逮捕されたりとかしたら、当然迷惑かけますよね?」 被告人「はい」 弁護人「柿田さんもこうやって来てくれて、わざわざお話してくださった、そういうことをね、皆さんに迷惑をかけたことについて、あなたは、どういう風に感じていますか?」 被告人「大変申し訳なく思っております」 弁護人「あなたには、前科のある友人もいるみたいだけど、今後そういう人とのお付き合いどうします?」 被告人「もちろん断ちます」 弁護人「でね、今お母さんいらっしゃらないけどね、今のあなたを見たら、どういう風に思うと思いますか?」 被告人「いや、もう、情けないというか。はい」 弁護人「今回の件を通じて、十分反省していますね?」 被告人「はい」 弁護人「うん。以後薬物に関わらず、2度と犯罪を行わないと誓うことはできますか?」 被告人「はい。誓います。その気持ちでいっぱいです」 弁護人「ちょっと時間がたくさんかかっちゃいましたけど、最後に裁判官と警察官とかね、その他の方々にね、何かあれば手短にお願いします」 被告人「はい。本当にあの、ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。周りで支えてくれる人に対して心配かけてしまって、本当に申し訳ないなと、いい歳なのに本当にバカだったなと思います。あと、亡くなった母にもそうなんですけど、父にもそうですし、祖母や、祖父やら、みんないなくなってしまったんですけど、ここ10年で。やり直す、こういう事をしないという事は誓いたいですし、はい。誓います」 弁護人「最後といってアレですけど、一点だけ、お母さんの話も出て、おばあちゃんの話も出たんだけども、あなたのお母さんとか、おばあちゃんとか、迷惑かけた人と、みなさんにですけど、その人たちに誓って、あなた本当に売る目的で持っていなかったと誓えます?」 被告人「はい。誓います」 弁護人「以上です」  結論から言えば、被告人はこの裁判で執行猶予付きの判決を勝ち得ます。働く場所を用意し、実際に大麻を止めるため通院するようになったのも理由のひとつでしょう。この運びを見ると、しっかりと物語を作ってきた弁護人の手腕にも見るべきものを感じますが、いかがでしょうか。長かった裁判もこれでいよいよ結審です。 裁判官「では、このまま判決の宣告をしますので、聞いていてください。主文、被告人を懲役2年10ヶ月および罰金70万円に処する。未決勾留日数中80日を、その懲役刑に算入する。その罰金を完納する事が出来ない時は、金5000円を1日に換算した機関、被告人を労役に留置する。この裁判が確定した日から4年間、その懲役刑の執行を猶予する(後略)」             ***  本文では割愛したが、上で触れている弁護人の質問に続き、実際には結審の前にまだいくつかやり取りがある。検察官の反対尋問もその一つだ。被告人が罪の軽減のために弁護人が作ったストーリーに乗るのは当然としても、この期に及んで検察官の質問に、被告はまるで条件反射のようにまだ大麻への愛を語ってしまう。 検察官「先ほど大麻について、美味しいという表現を使いましたけど……」 被告人「はい」 検察官「それは具体的にどういう意味ですか?」 被告人「えーと、えーと、何て言うか、お酒と一緒で、その、まず香りだとか、その、香り、その香りの奥行き、香りの芳醇さ、鼻から抜ける感じですとか、まあ、その、何というか、香りの濃厚具合だとかもそうなんですけど、あと、口をつけた時の甘みだとか、煙の味ですとか、乾燥具合や熟成度、エフェクト、そういうのも含めて全てなんですけど、その、大麻に関しては、その、そうですね、香り、見た目だとか、その色々口当たりだとか、その、口当たりから喉越し、そして、身体に対する反応ですとか、そういうのが、その、上がったり下がったりもそうなんですけど、そういうものを含めて美味しいということです。はい」  この尋問は、もはや営利所持を回避するための作戦という段階は終わっており、この証言が被告人に有利に働くとは思えない。だが、亡き母を思いむせび泣いた後にこうした発言をしてしまうのは、むしろ被告人の正直な人間性を伝えているようにも思える。そうした根本的な被告の人間性ゆえ、証人たちは心ある証言をしてくれたのかもしれない。 <取材・文/斉藤総一 構成/山田文大 イラスト/西舘亜矢子>
自然食品の営業マン。妻と子と暮らす、ごく普通の36歳。温泉めぐりの趣味が高じて、アイスランドに行くほど凝り性の一面を持つ。ある日、寝耳に水のガサ入れを受けてから一念発起し、営業を言い訳に全国津々浦々の裁判所に薬物事案の裁判に計556日通いつめ、法廷劇の模様全文を書き残す
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※斉藤さんのnoteでは裁判傍聴記の全文を公開中。https://note.mu/so1saito/n/n1100381eec9c
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