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武将のオールスター戦「天下分け目の関ケ原の合戦」は後世の創作? カーマニアの古戦場巡り

― 男のドライブ旅 古戦場巡り関ヶ原編 全3回 ―

第1回 そうだ、おじさんは関ヶ原までドライブに行こう!

 男のドライブ旅と言えば、城跡巡りにダム巡り、神社仏閣に鉄道廃線巡りといろいろあるが、その一角に君臨するのが古戦場巡りだ。かつてこの地で戦国武将たちが雌雄を決したのかと思うと、それだけで枯れたオッサンの血も沸き立つ。  なかでもダントツに素晴らしいのが、天下分け目の決戦が行われた関ヶ原古戦場(岐阜県)であることは、論を待たないであろう。カーマニアにして歴史ファンである私も、すでに数回訪れている。

古戦場巡りは男のドライブの醍醐味です!

 関ヶ原がすばらしいのは、武将のオールスター戦であっただけでなく、田畑が広がる盆地状の地形で非常に見晴らしがよく、決戦当時の風情が濃くうかがえるからである! しかも、各武将が布陣した地がすべて比定され碑が設けられ、懇切丁寧な案内看板も充実している。歴史ファンなら誰しも、随喜の涙を流さずにはいられない古戦場なのだ。  が、そんな関ヶ原合戦について、現在激しい歴史論争が行われているのをご存知だろうか!?  通説では、1600年9月14日夜、石田三成率いる西軍が大垣城を出、関ヶ原盆地西側に鶴翼の陣を敷く。それを追うように、徳川家康率いる東軍も関ヶ原へ向かい、盆地東側に魚鱗の陣を構える。夜明けとともに決戦の火ぶたが切られ、当初は西軍が押し気味だったが、小早川秀秋の寝返りによって戦況は一変、東軍有利となり、西軍は潰走した――とされている。  が、これは後世の創作で、実際の戦闘はまるで違う形で進んだという説が浮上しているのだ!  個人的には、BS―TBSで放送された『諸説あり!』で、初めて関ヶ原新説に接して衝撃を受け、関連書物でお勉強。『歴史群像』2017年10月号の記事「関ヶ原合戦の真実」および、単行本『天下分け目の関ヶ原合戦はなかった』(河出書房新社)をむさぼるように読んだ。

関ケ原の合戦はあったと思いますが、我々が習った内容とはちょっと違うかもしれません!

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小説やドラマで描かれる関ケ原の合戦は江戸時代の創作がベース?
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