更新日:2023年03月21日 16:22
ライフ

「うまい話」に釣られてノコノコやってきたおっさんが探していた“仲間”――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第43話>

カオスな投稿の中で目に止まった、「無料で軽自動車差し上げます」

 これ編集部の自作自演なんじゃないのと疑いたくなるようなファンキーな投稿に混じって、ある一つの投稿が僕の目に留まった。それは、とてつもなく「おいしい話」の香りがにおいたつような、そんな投稿だった。 「無料で軽自動車差し上げます。先着10名様」  こんなことあってたまるか、と思った。無料で軽自動車が貰えるならそれはもう「うまい話」だ。けれどもきっとワケがある。とんでもない罠があるに違いない。普通に考えて信じられるものではない。そう思ったが「先着10名様」の部分がちょっと引っかかった。 「もしかしてこれは本物なのでは?」  なぜなら、これが何らかの罠で詐欺的な何かだとしたら、カモを騙すほど実入りが大きいわけだ。そうなると「先着10名」などと区切ること自体が不自然だ。無制限に取り込もうとするはずである。この先着制度がこの話がリアルである証左ではないか。  そうなってくると「軽自動車」の部分も妙にリアルだ。詐欺ならもっと高級車とかそういうもので煽ってくるに違いない。  これはもう、何らかの事情があって無料で配らねばならない軽自動車が10台あると考えるのが自然だ。投稿主はそこまで追い込まれてしまった。それの処理に困って、どうせなら無料で配っちゃおう、となったのかもしれない。ありえる。  そうとなれば急がなければならない。なにせ先着10名だ。こんなうまい話、他の連中が放っておくはずがない。今頃、貧乏人どもが押し寄せて早々に定員となっている可能性すらある。なにせ軽自動車が貰えるのだ。  投稿に記載されていた場所に急いで向かう。そこは隣町の、さらに郊外にある中古車屋だった。  そこには公衆便所と見間違うレベルの掘っ立て小屋みたいな事務所があって、その前に今にも朽ち果てそうなオンボロの中古軽自動車が威風堂々と並んでいた。見たことのない車種ばかりなので、たぶん古いのだろう。並んでいるそれらは汚くボロボロなのに、けっこう強気な値札がついていた。 「貰えるのって、この軽自動車なのかな」  普通なら不安になってくるボロボロ加減だが、もう訳の分からない心理状態になっている僕は、このボロさがリアル! こりゃ無料でもらえるぞ、と確信めいた想いを抱いていた。確かに、新車のゴージャスな軽自動車とかなら、貰えるカラクリが分からないけど、これなら、まあ貰えるのもギリギリありえるかな、そう思えたのだ。  ただ、もっと民衆が押し寄せているかと思ったがそうではなかった。なにせ軽自動車が貰えるのだ。もっとこう、卑しい民衆が押し寄せてしかるべきではないか。行列でもできていなければおかしいんじゃないか。けれども、そこには行列も民衆も、そもそも人影がなかった。 「おかしいなあ」  そう見まわしていると、その汚い軽自動車の影に一人のおっさんの姿があった。どうやらこのおっさんも軽自動車を貰えると思って来たみたいで、僕と全く同じ挙動不審な感じを醸し出していた。 「あ、キミも軽自動車もらいにきたの?」  作業服姿のおっさんはそういって人懐っこい笑顔を見せながら近づいてきた。 「はい、軽自動車もらいに来ました」  二人して「軽自動車貰いに来た」と言い合っている光景はなかなか非日常的なのだけど、どうやら僕ら二人しかおらず、完全に先着10名以内! と確信して公衆トイレみたいな事務所に入った。
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やはりうまい話にはワケがあった……が、おっさんは暴れ出した
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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