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人はなぜ続けられないのか? 継続に方法論や理屈は要らない

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第122回 人はなぜ続けられないのか? 継続に方法論や理屈は要らない 数年前、神社がパワースポットとして話題になり、神社参拝が流行った時期があった。「この神社は縁結びのご利益がある」「あの神社は商売繁盛のご利益がある」といった噂が広まり、多くの人が足を運んだ。  あれから数年経って、一体どれだけの人が今も変わらずに神社参拝を続けているだろうか。きっと、「その頃は熱心にお参りしていたけど、今の今まですっかり忘れていた」という方が多いと思う。これは誰が悪いというわけではなく、流行とはそういうものだからだ。  一体どれだけの人がハンドスピナーでまだ遊んでいるのか。一体どれだけの人が半年後にタピオカミルクティーを飲んでいるのか。流行は人を行動に駆り立てるが、継続までは手伝ってくれない。なぜなら何かを続けるには、「個人的な理由」が必要だからだ。「だからこれをやる」という個人的な理由がなければ、続けることはできない。  私は五年くらい前から神社を参拝するようになった。今でも地元の神社にほぼ毎日参拝し、三重県の伊勢神宮、島根県の出雲大社、愛知県の熱田神宮、大阪府の住吉大社、神奈川県の箱根神社、静岡県の富士山本宮浅間大社といった有名神社も訪れてきた。  神社参拝が自分の趣味になったきっかけは、五年前に参加した地元の夏祭りだった。私はその夏祭りで、街を練り歩くお神輿を守る「衛士(えいし)」という役割を任された。本来は神主の役割だが、担当者が体調を崩してしまい、神主の友人から「手伝ってくれないか」と頼まれたのだ。  その夏祭りでは、七台の電線の高さを超えるような大きな山車が町内を練り歩く。祭りの主役は山車とそれを引く男衆で、観光客たちはその雄姿に目を奪われていた。しかし祭りが終盤を迎え、お神輿が神社に戻る時に、賑やかだった空気が一変した。七台の山車と何十人もの男衆が一列に並んで頭を下げ、鳥居をくぐり社殿に戻るお神輿を静かに見送ったのだ。  私は衛士の役割だったので、お神輿と一緒に見送られる側を体験できた。しんと静まり返った夜の空気の中をゆっくり進みながら、「ああ、神様というのは本当にいるんだな」と心の底から思った。だから、私は五年経った今でも、神社参拝を続けている。これが継続の理由になる「個人的な理由」だ。  継続には「継続の理由になるような心を揺さぶられる体験」が必要だ。この「継続の理由になるような心を揺さぶられる体験」を原風景という。「勇壮だった山車と男衆がしんと静まり返り、頭を下げてお神輿を見送る」という光景は、それまで神社に全く興味のなかった私に、神社参拝を趣味にさせるのに十分だった。  神社参拝にはメリットがあると言われている。そのメリットとは、「縁結び」や「商売繁盛」といった開運のご利益だ。確かに神社には、そういったご利益がある。「縁結び」や「商売繁盛」といったテーマがあると、そのテーマについて考えるようになる。その考えの中に、現状を打開するアイディアが生まれる。神社は自分と向き合い、落ち着いて考え、閃きを得るのにもってこいの場所だ。  しかし、だからといって「神社参拝をすると閃きが生まれる」のような理屈だけでは継続できない。継続に必要なのは「こうすればうまく行く」という理屈ではなく、「だからこれをやる」という個人的な理由だからだ。そして、その理由とは自分の心を揺さぶられた体験、原風景だ。
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人生を変えるマインドレコーディング

人はなぜ続けることができないのか? 続けるには「信念」が必要だ!

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