元『egg』モデル、黒ギャルから保育士に「見た目よりも中身」
ギャルの見た目と仕事の両立は出来るのか?
専門学校に通いながら、18歳から20代前半まで『egg』モデルとして雑誌やテレビに出演した宇津木さん。保育士と幼稚園教諭の資格を取得したが、迷いもあった。
「ギャルが就職できない理由のひとつに、黒髪で地味なファッションに戻すことが嫌で、諦めてしまうことがあります。それで、化粧や服装が自由なアルバイトなどにいきがち。私にとっても当時は“ギャルが一番”だったので、同じように悩んでいました。早い段階から保育士になりたかったけど、ギャルとして人生を謳歌したいという気持ちも捨てられなくて、最後の一歩が踏み出せなかったんです」
そんな時に転機が訪れる。『村上マヨネーズのツッコませて頂きます!』(フジテレビ)に出演した際、MCの村上信五(関ジャニ∞)にかけられたある言葉だ。
「VTRがまわっていないところで、『自分がやりたいこと、好きだと思っていることは絶対に叶えられるから』って背中を押してくれて。本当に村上さんには感謝しています。それで、ギャルと保育士をうまく両立できるんじゃないかって希望が見えてきた。
重要なのはTPO。時と場所を考える。ギャルと保育士を両立するために、仕事とプライベートを混同する必要はない。たとえば、仕事中にシルバーの髪やネイルでいることは相応しくないけど、お休みの日だったら誰にも迷惑をかけない。それで辿り着いたのが今のスタイルです。髪の毛の先端に向かってグラデーションになっているのですが、縛れば真っ黒に見える。仕事中はほぼすっぴんでお団子頭にしてます。いま勤めている保育園がすごい理解を示してくれて、仕事をきちんとやればいいよって」
私だからこそ伝えられること
現在、宇津木さんは保育士として4年目。担任のほか、主任も任されている。
「保育士になりたての頃は、保護者の皆さんも私が元『egg』モデルのギャルだったことを知りませんでした。卒園式で仕事を頑張っていることを褒めてもらったり、お礼のハガキをもらったことがうれしかったですね」
フィリピン人とのハーフ、ド派手な『egg』モデル……。彼女は「他人と違うことで悩んだこともある」と話すが、だからこそ、次の未来に、子どもたちへと想いを紡いでいく。
「いま実感していることは、子どもたちには教えたことがそのまま伝わってしまうので先生の責任は重大だなって。そんな中で、“おとなのエゴで決めつけない”ように意識しています。たとえば、塗り絵の時間でもバナナは黄色である必要はなく、自由に塗りなって。赤やピンクだってあるかもしれないから。それは、フィリピンのハーフとして育ち、『egg』のモデルを経験してきたからこそ、身をもって言えること。
雑誌やテレビに出ていた頃は、普通にギャルのモデルとして有名になりたいという気持ちが強かった。でも、今後は“ギャル保育士”として、保育士の仕事のことを発信したいと思っていますね」
彼女は『egg』モデルを経て、新たな目標を胸に、今も輝き続けているのだった。
明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスで様々な雑誌・書籍・ムック本・Webメディアの現場を踏み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者として活動中。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。趣味はカメラ。X(旧Twitter):@FujiiAtsutoshi
1
2
【関連キーワードから記事を探す】
「可愛いだけでは埋もれる」小学生ギャルたちの“頭脳的すぎる”生存戦略
「敬語も知らなかった」“ガングロ”ギャルが知識ゼロから社長に。経営危機を乗り越えて
「ギャル友作るしかないんじゃない?」元『egg』トップモデルに聞いた、落ち込んだときの処方箋
元『egg』のトップモデルが高校の先生に。22歳ギャルが“第二の人生”を歩むワケ
元『egg』モデル・ゆまち35歳、離婚・再婚から“母”となった今
「可愛いだけでは埋もれる」小学生ギャルたちの“頭脳的すぎる”生存戦略
元カリスマギャルモデルがいま“令和パラパラブームの火付け役”に。当時は「2時間寝れたらラッキー」多忙な日々を振り返る
平成から進化したギャルメイクの今「“ギャルはこう!”というルールがない」
「雑誌に出してあげるよ」平成ギャルブームの裏で横行した“枕営業”の実態。「中3のギャル」にわいせつ行為し逮捕された43歳男性も
フィリピン・スラム街の日本人“ネオギャル校長”が明かす、パリピ生活から“寺子屋”を作るまでの紆余曲折
この記者は、他にもこんな記事を書いています








