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渋沢栄一に学ぶ、相手を説得するテクニック。「いや」「でも」と否定しない

共通の目的を成し遂げるには?

握手 だが、喜作としては仲間たちのことが気にかかる。仲間たちは、攘夷の活動に失敗して、すでに捕らえられてしまった。 「いや、何が何でも江戸に帰る。帰って監獄に繋がれた人々を引き出さなければならない」  もうここまでお読みになった方は、渋沢がこれに対して、どんな返答をしたかイメージができるだろう。  「友人を救い出すうえにおいても、いまここでわれわれが一橋家に仕えたなら、目下のどうしようもなく貧乏な浪人の立場とは大いに違ってくる」  「仲間を救いたい」という願いはもちろん、渋沢にもある。たが、本当にその願いを叶えたいならば、故郷に戻って浪人になるよりも、むしろ、一橋家に任官して実力をつけたほうがよい、という論理構成である。さらに具体的な考えを披露している。 「表面上においては一橋家の武士という立派な身分ができる。そうなると幕府から自分たちへの嫌疑もおのずから消滅して、そのあたりからあるいは救い出す方法も生まれてくるかもしれない」  むしろ一橋家に任官したのほうが、「仲間を助けたい」という互いの共通の目的は達せられると渋沢は静かに主張。最後のとどめに「お互いの思いを集約したら、こんな結論にならないか」と言わんばかりに、こんな結論を提示している。 「目の前の緊急事態に対処するには、一橋家へ仕官するという選択は、案外、一挙両得の上策であろうと思われる」  これには喜作も「なるほどいわれてみれば、そういう道理もある。ならば、いままでの信条を曲げて一橋に仕えることにしよう」と、意見を変えざるを得なかった。渋沢の説得成功である。

反対ではなく「論を進めている」

 渋沢が喜作を説得する際の言い回しで注目したいのは「だがもう一歩進めて考えてみると」という枕詞だ。互いに同じ位置に立っていることを強調しつつ、そこからさらに論を進めることを促している。  そのときに決して「そんなこと言っても、現実的じゃないだろう」とか「あなたはよく知らないだろうけど」などと、相手よりも自分に優位性があるかごとく振舞うのはご法度である。  少しでもそういう態度を見せてしまうと、よく話し合えば合意に至れるような場面でさえも、相手は当初抱いた違和感を強調し続けて、同じ方向に向いてはくれないだろう。  実業家として数々の会社設立に携わった渋沢。  一貫して打ち出したのが「合本主義」である。それは「公益を追求するために人材と資本を集め、事業を推進させていく」という考え方であり、メンバーでとことん議論をして合意を得て進めることが、前提になっている。  思いが強ければ強いほど、反対意見が出てくると、つい押さえつけたくなるものである。だが、たとえ一時的にねじ伏せることができても、遺恨となってしまうので、得策ではない。  お互いの共通したビジョンを確認しながら、遠くまで見据えた意見をぶつけ合おう。すんなりといかない議論は、むしろ相手との関係を強化するよいチャンス。徹底的に話し合うことで、必ず落としどころが見つかることだろう。<文/真山知幸> 【参考文献】 渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書) 渋沢栄一『青淵論叢道徳経済合一説』(講談社学術文庫) 幸田露伴『渋沢栄一伝』(岩波文庫) 木村昌人『渋沢栄一――日本のインフラを創った民間経済の巨人』(ちくま新書) 橘木俊詔『渋沢栄一』(平凡社新書) 鹿島茂『渋沢栄一(上・下)』(文春文庫) 渋澤健『渋沢栄一100の訓言』(日経ビジネス人文庫) 岩井善弘、齊藤聡『先人たちに学ぶマネジメント』(ミネルヴァ書房)
1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年に独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。著書『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は累計20万部のベストセラーとなった。そのほか『偉人メシ伝 』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたのか?』など著作50冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は『逃げまくった文豪たち』『おしまい図鑑』。X(旧Twitter):@mayama3
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