更新日:2024年05月22日 23:28
ライフ

18歳で人気ホスト、有名イベントサークル設立…“リア充”を極めた大学生、意外なその後

20歳を機に、イベントとホストの日々に別れを告げる

金子雄太

学生時代に培った営業力やコミュニケーション能力は起業後にも大きな武器に

 しかし、そんな華やかな日々も、20歳直前で自ら終止符を打つことを決意した。 「ホストもイベントも、基本は夜が主戦場です。僕自身が夜型生活に疲れてしまって。ホストとしては1日400万円の売り上げ記録も作ったし、イベントでもファンキーモンキーベイビーズのファンキー加藤くんやトリンドル玲奈さん、マリエさんなど芸能人にも出てもらう1200人規模のイベントを横浜ベイサイドで開催できたし。『もうどちらもやり切ったかな』と思って、両方とも10代のうちに引退したんです」  10代の最後までド派手な日々を過ごした後は、フルコミッションの営業マンとして新たなスタートを切ることに。 「昼の仕事でも夜と同じくらいの金額を稼ぎたいなと思って始めたのが、営業会社のインターンです。ここでもまた自分の競争心に火がついてしまって、気がつけば100人近くいる学生インターンの中で、ほぼ毎月営業トップになっていました。月収は100万円近くありましたね」

卒業後の選択肢は「就職」「子会社社長」「独立」

 そんな金子氏にも、やがて学生時代にも終わりがやってくる。卒業後の進路候補は3つ。「大手企業に就職する」「インターン先の会社の子会社社長として独立」、そして「完全に独立起業する」だった。 「結局、僕が選んだのは起業でした。どうせやるなら自分でゼロからやるほうが楽しそうだなと思ったんですよね。また、就活中も内定ももらったものの、面接官に『君は起業したほうがよいね。いや、うちに入ってくれるのなら入ってほしいけどね!』と言われたりもして、『自分は就職には向いてないかな』って(笑)」  創業当初のビジネスは営業代行。個人宅への飛び込み営業はハードな印象があるが、その分、対価も大きかったとのこと。 「訪問営業は大変そうなイメージがありますが、20人の家に訪問したら1人か2人は契約が取れるので、数をこなせば自然と契約数は上がっていく。僕自身、創業当時は1日1人で250件は個人宅を訪問しました。でも、『やれば結果が出る』とわかってたので、全然苦じゃなかったです」
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