第527回

9月7日「有名人って、結構つらいみたいですよ」

・気持ちのいい人生を送りたいなら有名人より無名人より「中名人」がいいよ、と、30年くらい前に、放送作家の榎雄一郎さんに教えて頂いた。それ以来ずーっと、持て囃されることも忘れ去られることもなく同じくらいの知名度を維持して30年やってきた。有名じゃないからゲス不倫や出会い系バー通いを週刊誌に書かれたりする可能性はない。けど無名でもないから、実績を知って頂いてる場所ではきちんと扱って頂ける。実に快適な、楽しい人生を過ごせている。

・「中名」でいるためにはコツがある。引きこもることだ。

・チャンスがない時にまでばたばた動き回る人は、それで実力以上に売れてしまう。あるいは失速する。どちらも長い目でみると不幸なことなのだ。そういうことを避けるためには、「つまらない時は何もしない」ことだ。3年間仕事がないなら、3年間引きこもって、眠る。

・クワガタを飼っているのだけどこの昆虫は幼虫期の後、1ヶ月サナギの状態で過ごし、それから脱皮して、成虫の状態になってからなんと1年そのままじっとしている。動く必要がないなら、動かないのである。ゾウムシも飼っているが、こいつらはもっとすごい。幼虫はクリやドングリの実の中で育ち、秋になってその実が地面に落ちると、中から出てきて今度は地面に潜ってサナギになる。面白いのはここからだ。

・サナギの期間に1年単位の個体差があるのだ。翌年の春に成虫になって土から出てくる個体もいるが、その翌年まで眠っている個体も、さらにその次の年にようやく出てくるものもいる。温度や湿度などから環境の変化を察知し、「今年はクリやドングリが不作になりそうだ、外に出てもいいことはないぞ、もう1年寝るか」なんて判断しているようなのだ。

・「今だ」と思い動きはじめる時期が、それぞれ違う。発生にばらつきが出ることによって、環境が混雑しない。突発的な異常気象や天変地異などによる全滅を防ぐことができるのではないかと推測する。

・そんなふうに、時間を一時停止したり早送りしたりすることが、生物にとって重要な能力である。種の全体で一元的な「時間」を決めそれに従うことにしたせいで、人類だけはとても苦しい生き方をせざるをえなくなっている。

・生き物はなぜ生きるのか。生きるためだ。個体として生きのび、種として子孫を残す。つまり、情報として「長続きする」ことが最大の仕事なのである。

・新陳代謝し、防衛し、攻撃する。そんな活動は、DNA情報をガードする、あるいはバックアップコピーするために必要なことである。天敵に食われないよう、腐敗しないよう。しかし、情報がダメージを受ける危険性が低いなら、あたふた動き回るのはかえって損なのだ。じっとしていた方がいい。

・何の話だっけ。僕がいかに無駄な時間を早送りしているか、その方法についてだ。暇な時、チャンスがない時は、ひたすら引きこもって、じっと時間をやり過ごせばいい。重要なのは、この間に老化しないことだ。僕の場合は体液同調水に浸かったまま眠る。体温を下げ20度程度に維持できれば、もっといい。ただしこの方法はまだ医学的な裏付けはないので他人に推奨はしない。

・無名から中名ではなく有名になりたい人にも、ひきこもり=サナギの期間を調整することを薦める。あなたには才能があるかもしれないが、それが時代に合っているかどうかは、運次第なのだ。ただし、合っていないなら、自分のターンが来るまで、待てばいい。20年か30年待てば、絶対にチャンスが来る。それまで、若いままでいればいいというだけのこと。

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。