渡辺浩弐の日々是コージ中
第260回
5月7日「孤独はかつて無料だった」
・GWは目黒区の片隅の木造アパートの一室にひきこもっていた。20年以上前に借り始めた部屋だ。その後引っ越してからも、あんまり家賃が安いので借りっぱなしにしてるわけ。今は他の部屋の表札は外国人名ばかりになっている。ここで原稿用紙にこりこり書き続けていると、ふと、今が1986年で、2006年の自分はその時の、ひきこもっている自分の妄想の産物なんだとしか思えなくなってくるのである。
・今の時代、創作の糧として最も得難く最も重要なものは、「孤独」だと感じる。この部屋でじっと飢えに耐えていた頃の「金がないのに友達いない」不安感はなかなか凄まじいものだった。20年前の若者にはケータイも消費者ローンもコンビニもなかったのだ。
・今はその感覚をなるべくリアルにリアルに思い起こしては創作を続けている。最近『ゲームラボ』誌の取材で多くのひきこもり青年と会って、今でもそういう若者がとても多いということを知った。彼らを元気づけたり慰めたりすることは害かなあとも考えるのである。
5月8日「ノベライズ」
・講談社の太田さんが「ノベライズ維新」と大書されたポスターを送ってきてくれた。西尾維新さんが講談社発のマンガコンテンツ『×××ホリック』と集英社発のマンガコンテンツ『デスノート』を同時に小説化するという。
・このプロジェクトには絶対、成功してほしい。昨今のライトノベルブームは、マンガやアニメといった我が国独特のサブカルチャーに、「物語」という基盤がきちんと存在しているということを実証しつつある。マンガ-アニメの関係の線上にちゃんと「小説」を位置付けることは今とても大事なのだ。
・素材も才能も潤沢な領域だから、この企画が成功したら、後からすごいのがじゃんじゃん出てくると思う。この種の仕事を遂行するためには、会社間の垣根を時に跳躍する必要がある。今後「編集者」の力量はこういうところで発揮されるのである。
・ところで『バガボンド』のノベライズと思って吉川英治の『宮本武蔵』読むとすごく面白い。あの時代になぜあれほどライトでスピーディーな作品が書けたんでしょうね。と、井上さんに聞いたら「新聞小説だったからでしょう」と。なるほど!
5月9日「プレステ3はメタファーに過ぎない」
・プレイステーション3についての発表(11月11日発売、税込62,790円/HDD20GB搭載)。
・価格が高いの安いのという議論は空しい。はるか昔、PS3が最初に発表された時にうたわれた「Cell」構想をみんなもう忘れてると思う。ソニーは、ゲーム機を出すんじゃなくて、自前のCPUをデビューさせることが目的なのだ。ゲーム機だけでなく世の中のありとあらゆる機械の中にこのチップと、そして新しいOSを入れてしまうことが。
・プレステ3はその一例なのであり、一体のハードウェアとして企画されたものではないのだ。ブルーレイのドライブ搭載すればそりゃ10万はしてもいいでしょうって話になってしまう。別の形のものがやがて出るわけである。たとえばの話だけど、サーバー側のシステムが充実したら、もうハードディスクもDVD ドライブもいらなくなる。最低限のチップとRAMとネット端子とコントローラー組み合わせただけのものが100ドルくらいで発売されるかもしれないのである。
・こういう話をすると、ああそれは「Web2.0」ね! と騒ぎたがる人が最近とても多い。それは逆だ。つまりですね、ソニーはゲームのハード戦争を、チップとOS戦争の土俵に繋げたいと考えている。つまり、インテルそしてマイクロソフトと戦いたいと考えているのだと思う。
・SPA!本誌の記事の中で西村博之氏が「グーグルの優位性は実は脆弱なもので、ちょっとしたきっかけで全部イッキに崩れる可能性がある」といういう意味のコメントをしている。「本当の優位性はインテルのような集積技術や、マイクロソフトのような囲い込みである」と。これは正しいと思う。この領域は完全民主主義だ。グーグルはたった数年でトップになれた。だからこそ、同じように別の、誰も知らない集団がその地位を凌駕する可能性があるのだ。
第259回
4月14日「手っちゃん思い出した」
・『インプリント ~ぼっけぇ、きょうてえ~』試写。「マスターズ・オブ・ホラー/恐-1グランプリ」というのは、世界のホラー監督13人に、それぞれ1 本、1時間の作品を創らせるっていうプロジェクト。トビー・フーパー、ダリオ・アルジェント、ジョン・カーペンター……と、すごいメンツである。日本からは我らが三池祟史監督が選ばれた。
・そして三池監督が選んだ原作が傑作短編「ぼっけぇ、きょうてえ」である。ただし主観の位置にアメリカ人記者(ビリー・ドラゴ)を置き、英米の植民地となり英語を使うようになっている日本を設定している。全体が遊郭になっている島。主人公は、異様にして美麗な空間の中で一人の醜い女郎と出会い、一夜をともにすることになる。
・ホラーの領域では今後、ショートムービーがブームになるだろう。素材に成り得る上質な短編は、数多い。ただし原作ものの映画については「オチ」を知られた上で見られることが前提になってしまう。ストーリーについても監督による味付けが重要になってくるわけだ。その点も、さすが三池監督、自分の土俵に誘い込んだ上で戦いきっている。特に最後のあのシーンの解釈には、びびったー。
・ところで『ぼっけぇ……』のオチって、欧米人が不気味に思っている、そんな日本人のイメージと符号すると思いませんか。ナイスチョイス。
4月15日「フィールドワーク」
・『ゲームラボ』イケメン編集者の岩田氏(=写真)と一緒に全国行脚中。今日は鬱病歴2年の若者に会うためだけに北陸の山奥までやって来た。名所旧跡には寄らず地場風俗にも行かずご当地名物も食わず、ひたすら、ひきこもりの人の住む個室を訪ねて回っている。
・「三十才のハローワーク」という連載で、ひきこもり状態でもがいている若い人達の現状をレポートしている。一人一人かなり綿密に取材していくわけだが、そういう人達に出てきてもらうことはできないわけだし、電話でもうまく話が進まない。行く、しかないのである。
・ひきこもりの生活スタイルの中でアンテナを強化して仕事をすること、特にクリエイティブ方面で自己実現をすることは、きっと可能なことだと思う。ただし、今のところ社会的なインフラはまだまだ不足していて、チャンスを逸したり潰されたりしてる人はとても多い。何かのきっかけが作れるといいなぁと思っている。
・ブログも始めた(www.hikikomo.com)ので、ひきこもりの人はチェックして、気が向いたら手を挙げて下さい。渡辺浩弐が部屋までやってくるかもしれないぞ。いらねーか。
4月20日「むしろ父的な」
・『MOTHER3』発売。80年代ファミコンの上に生まれた物語表現形式の、最も正統な進化枝上にある作品。ドラクエもFFも3D化し、脇道に伸びていってるわけだから、これは貴重なシリーズといえる。
・大人の物語である。そして、あえてオタクの神経を逆撫でするような要素がそこかしこに仕込まれている。これって、糸井さん一流の「嫌がらせ」なのかなあと思う(庵野氏がアスカに「気持悪い」と言わせたのと同じ)。……なんて書くと意地悪すぎだよね。ウソです。この作品の本質は、大人の糸井氏が今の若者に向かって送る「存在しない少女や幼女に萌え萌えしてないで、自分で女抱いて子供作ってそんで命がけで守れよっ」みたいなメッセージなんである、の、かもしれない。
第258回
4月11日「過去形としてのストーンズ」
・『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』試写。初期のローリング・ストーンズを描いた映画、だと思い、若い頃のミックやキースを誰がどう演じるのか、みたいなところに興味を持って見る人が多いかもしれないが、スポットライトはブライアン・ジョーンズ一人に当てられる。ストーンズのリーダーでありながら初期に辞め、その後、変死した伝説のロッカー。
・だから全体を彩る楽曲はポップスではない。鬱なブルースだ。僕くらいのおじさん世代でも、ストーンズの記憶はジャガー/リチャーズの、70年代以降の楽曲がメインだろう。しかしストーンズが纏う独自の空気……ビートルズと違う、影のある、爛れた魅力は、本来ブライアン・ジョーンズが焼き印していったものなのである(実は僕その時代のストーンズ、知らねーんだけど)。
・その幻影におけるロックンローラーは、「死」のイメージを抱えてこそ意味があった。20代で死ぬものでなくてはならなかった。60を過ぎてなお巨大ホールですごいパフォーマンスをやり遂げてしまうエンターテイナーではなかったのだ。だから初期のこの決裂には大きな示唆があった。
・彼の死後90日後にチャールズ・マンソンによるシャロン・テート殺人事件があった。炎のような輝きの隣に陰惨な影がある、そういう時代だったのだ。
4月12日「人形アニメ!奇形アニメ!」
・映画ライターの吉田さんの事務所で『 リブフリーキー!ダイフリーキー!』というカルト・ムービーのビデオを見せてもらう。子供が粘土で作ったような歪んだ人形がいきなり歌いながらリアルなセックスをし始める。よく見ると男の方はチャールズ・マンソンそっくりだ。
・グリーンデイ、ノーエフエックス、グッドシャーロットなどのメンバーが声優として参加した人形アニメーション。ミュージシャンが主導で、インデペンデントに、かなり低予算で仕上げたものだろう。造形はものすごい崩れっぷりでコマも粗い。パンクな音響とサイケデリックな照明。昨今の緻密なCGアニメと対局にあるような汚さがかえって生理的にくる。
・70年代からのカルト・カルチャーを踏まえたものなので『チーム・アメリカ』よりはわかりにくいが、音楽ファンにとっては興味深い作品だと思う。メッセージ性とキャラクター性があり、マーケティング展開の可能性のある映像作品を、ミュージシャンが自分で作ってしまう。こういうプロジェクトは今後どんどん出てくるだろう。
4月13日「早稲田歴25年目」
・早稲田大学院の授業開始。デジタル系の学部や大学院はアメリカではすっかり人気がなくなり、激減してしまったらしいが、日本ではまだかなり元気だ。これまであまりやっていなかった産学協同事業をこのあたりから始めよう、という機運があるからだろう。
・早稲田は学部の再編がスタートしている。今まで各学部でばらばらにやっていたデジタル系インフラやコンテンツについての取り組みも、良い形にまとまっていくようである。僕も来年以降は大学院だけでなく学部の授業も行なうことになりそうだし、授業のコマも増やしてもらえそうである。やや長期展望の授業ができるかもしれない。
・これまでは「学問」という枠組みにこだわり、ゲームの歴史やITビジネスの成り立ちを振り返る形で扱ってきたが、今後はデジタルメディアの特性を踏まえた上での近未来予測を主体にしようかと考えている。学問よりは実践を主体に、例えば学生と企業を繋いで起業させてしまうようなことも行っていければいいなあ。
・早稲田の桜もそろそろおしまい。けど散っていく花より新しく芽吹いていく緑の方が美しいと感じる今日この頃。