第526回

9月1日「1秒でも早く」

・21世紀も深まってまいりました。今回は緊急の告知です。取り急ぎ、お知らせしておきたい。仕事とか勉強とかしてる場合ではない。1秒でも早くやっておいた方がいいことがある。いますぐに。この文章を読んだら、即座に。やっとかないと、絶対に後悔する。

・iPS細胞技術によって、皮膚や内臓など体の部位ごとに新しいパーツを作り移植するなどの医療行為が普通になる。病気や怪我の治療方法が劇的に進化する。それだけでなく、この技術による美容整形そしてそのものずばり「若返り」が可能になる。

・つまり老化の悩みはなくなる。お金さえ出せばあなたは永遠の若さを得ることができるのだ。

・近い将来、あなたは、しわくちゃになった肌を、自分自身の細胞から培養した新しい皮膚と貼り替えようとするだろう。ただし、一つ確認しておきたい。あなたはDNAのバックアップをとっているか。

・iPS技術を適用するためには、本人のDNAが必要になる。もし若返りたいなら、若い頃のDNAが。

・例えばハゲを完璧に直す技術はもうすぐに実用化されるだろう。けれど、あなたがもしすでにハゲているとして、ハゲてなかった頃のDNAをバックアップしていなかったら、元に戻すのは不可能なのだ。

・DNAは、酸素や日光など外部からの刺激により、あるいは自己増殖時に起きるコピーエラーにより、日々、損傷されている。老化とは、DNAデータの不可逆的な欠損が蓄積されることである。

・20歳の肉体に戻るためには、20歳時点のDNAをバックアップ保存していることが条件である。50歳の細胞からは、50歳の細胞しか復元できない。

・本当は20歳といわず生まれた瞬間に、ひとかけらでいいから体細胞を取り冷凍保存しておくとベストだったわけだ。しかし後悔しても仕方ない。せめて今すぐ、1秒でも早く、やっておこう。急いで!

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。