更新日:2022年06月29日 09:39
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他人からの「●●ですよね?」が微妙に違うと、つい言い直してしまうワケとは【コラムニスト原田まりる】

 冬になると知人との会話の中で、ウインタースポーツの話題があがることがある。その際に知人から「スノボやるんでしたっけ?」と聞かれるのだが、その都度「いえ、スノボではなくスキーです」と毎回、言い直してしまう。はっきり言って「スノボやるんでしたっけ?」と訪ねてきた知人からすると、こちらがスノーボーダーであろうがスキーヤーであろうがどっちでも変わらないのだから「はい、やりますよ」と返せばいいものの、つい反射的に言い直してしまうのだ。  そしてこのような周囲からみると大差がないにも関わらず、自分の中では、“こだわりの一線”があり「いえ、◯◯ではなく▲▲です」と反射的に言い直してしまう現象は日常のいたる場面で繰り広げられている。  もちろんこのような“こだわりの一線”を死守するためではなく、単純に間違った内容のことを尋ねられて「いえ違いますよ~▲▲ですよ」と淡々と言い直す場合もある。  しかし“こだわりの一線”が絡んだ場合は、多少「ムッ」とした感情の機微が生まれたのち反射的に言い直しをしてしまうのだ。なぜこのように、反射的に言い直しをしてしまうのか。そして言い直すことによって一体何を死守しているのだろうか。

なぜそこまでこだわってしまうのか……

「いえ、◯◯ではなく▲▲です」と、反射的に言い直してしまう会話が最も繰り広げられるのは、出身地に関する話題である。日テレの「月曜から夜ふかし」や読売テレビの「秘密のケンミンSHOW」でも話題にされるような、近隣都道府県との違いアピールである。横浜出身の知人に「出身、埼玉だっけ?」と尋ねてしまうと「いえ、横浜です」と多少ムッとした面持ちで、即座に言い直されるといったやりとりである。しかしこれはわかりやすいマウンティングであって、どっちでもいい“こだわりの一線死守”とはまた別物である。  こだわりの一線死守とは「猫か何かペット飼ってましたっけ?」と尋ねられ「いえ、ジャンガリアンハムスターです」と反射的に言い直してしまうような……本当にどっちでもいい言い直しである。なぜこのような言い直しをしてしまうのか、何を頑なに死守しているのか。我ながら、みっともないと思っていても、バカの一つ覚えのように何度も繰り返して言い直してしまうから厄介である。  “こだわりの一線”はあらゆる質問おいて発揮される。周囲の会話に耳を傾けると、こういった言い直しはいたるシーンで繰り広げられているのである。例えばこんな具合に……。 「32歳くらいになったんだっけ?」→「いえ、ギリギリ29です」 「チワワみたいなの飼ってなかった?」→「いえ、トイプードルですね」 「純文学読むんだよね?」→「いえ、フランス書院文庫ですね」 「3月生まれだったよね、牡羊座だっけ?」→「いえ、魚座ですね」 「パチンコ好きでしたよね?」→「いえ、スロットですね」 「しゃぶしゃぶよく行くんだよね」→「いえ、火鍋ですね」 「僕もマンガ読むよ!ONE PIECE面白いよねぇ」→「いえ、マガジン派なんですよね」  こんな具合に日常会話に言い直しは盛り込まれているのだが、言い直すのはマウンティングというわけではない。  より有能にみられたい、高貴に思われたい、という欲求とはまた別物だ。  たとえば「経済学部行ってたんでしたっけ?」と聞かれ「いえ、正確にはMBAですね」と言い直すような高貴な自分を誇示するという意識の高さもない。  ではなぜ言い直しをしてしまうのか。思うにこれは、自分の中で構築された“セルフイメージ”をそっくりそのまま、他者にズレなく伝えたい、という欲求なのではないだろうか。  他者に「より優秀で有能な人間だと思われたい人」がついついやってしまうのがマウンティングだとするならば、他者に「自分が思い描いているセルフイメージのまま他者に受け取ってもらいたい人」がついついやってしまうのが、“こだわりの一線”に執着した言い直しなのではないだろうか。  他者との会話において「人から有能だと認められたい!」と強く欲する人もいれば「ズレなく自分をわかってほしい!」と強く欲する人もいる。  どちらでもいいことをいちいち言い直してしまう癖がある人は、後者の欲求が強いのではないだろうか。まあ、どちらも他者ではなく自分重視のコミュニケーションだが。  そして、どっちでもいい言い直しを貫きつづけることは、選民意識を研磨する行為でもある。
原田まりる

いえ、コーヒーではなく抹茶オレです

<文/原田まりる> 【プロフィール】 85年生まれ。京都市出身。コラムニスト。哲学ナビゲーター。高校時代より哲学書からさまざまな学びを得てきた。著書は、『私の体を鞭打つ言葉』(サンマーク出版)。レースクイーン、男装ユニット「風男塾」のメンバーを経て執筆業に至る。哲学、漫画、性格類型論(エニアグラム)についての執筆・講演を行う。Twitterは@HaraDA_MariRU 原田まりる オフィシャルサイト https://haradamariru.amebaownd.com/
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