男はセックスの可否よりもオナニーのほうが重要(羽田)
峰:私が『アラサーちゃん』を書き始めたのは25歳のときだったんですが、ゆるふわちゃんを34歳の設定にしたのは、「ちょっとキツいな」くらいの年齢にしたかったんです。でも、実際に自分が34歳に近づいていくにつれて「これはマジでキッツいぞ」と思うようになって……。30中盤の必死感って想像以上にすごいんですよ。まず膝が痛い。肩や腰はネタで済むけど、膝はシャレにならない! あとは漫画にも描いたけど、とにかく傷の治りが遅い。
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34歳のゆるふわちゃんは、転んだ傷がなかなか治らない……
羽田:それ衝撃的ですね……。僕は今31ですけど、そういう危機意識はまったくないです。
峰:男の人のほうが気づくのが遅いんですよ。女の人は段階的だけど、男性は勃起力が落ちてきてから一気にガーンと気づくケースが多い。それでみんな鬱になったりするから気を付けてください。
羽田:うわあ、怖いなあ……。
峰:アラサーちゃんはきたるべき更年期のつらみを軽減するために描きはじめた部分もあるんです。インポに関しても早め早めに覚悟しておくことが大切かも。
羽田:でもたぶん、インポになったとしても、薬飲んでオナニーするんだろうなと思っています。
峰:セックスではなくて?
羽田:男って、オナニー歴のほうが長いわけですよ。少年時代からずっとやってきてるわけだから。だったらオナニーが自在にできなくなるほうがショックがでかいだろうなって。セックスだったら機会や相手の女性との相性のせいにできるけど、オナニーは自分の責任ですからね。
峰:なるほど!
羽田:でも、キャラクターを定点にして感じ方が変わっていくっていうのはすごくよくわかりますね。僕が『アラサーちゃん』の1巻を読んだのは27歳くらいのときなんですけど、当時はぜんぜん贅沢なんてできない状態だった。年収でいえばせいぜい300万未満。彼女にあげるクリスマスプレゼントも、たいしたものは買ってあげられない時代でした。でも、芥川賞受賞後はまとまったお金も入って来て、今はこうして多大なる成功を収めていて……。
峰:本人の口から「多大なる成功」って聞くと面白いですね(笑)。
羽田:昔はオラオラ君のことがマジでウザかったんですよ。「年収1300万円のイベント会社経営? クソが!」とか思っていたのに、今は「まあそんなもんか」って(笑)。人の気持ちなんて立ち位置で簡単に変わるんだなって思いました。
峰:羽田さんってギャラとか年収とかふつうに言っちゃう人ですよね。私、そういう人好きなんですよ。みんな内緒にしたがるけど、それこそ「まんこ」「ちんこ」と同じで、隠すと逆にいやらしい感じになる。
羽田:たいていは庶民的なキャラを守りたいがゆえに低く言いたがるんでしょうけど、僕はそういう意識がまったくないんです。それに、飯も食えないほどの貧乏自慢は嘘くさくて下品。貧乏人ほど、安い炭水化物を摂取して太るのが現実です。それこそ300万円前後の年収で、ちょくちょく貯金が100万切るくらいの状態でも、自炊してればぜんぜん生活自体はできる。
峰:確かにキャバクラとか行かなければふつうに暮らせますよね。
羽田:それが日本のリアルな貧困の姿だと思うんですよ。それなのに、「茹でた玉ねぎしか食えない」みたいな、いかにもな貧乏ネタをみんな言いたがるし、インタビュアーとかもそういう話を求めてくる。オジサンたちが好む経済紙なんかではそういう記事にされることが多い。挫折からの成功、みたいに。それじゃ、大雑把な物語を好む読者にわざわざ餌を与えているのと同じ。そういう用意された不幸話に自分を当てはめちゃうのは、物語の作り手としては恥ずかしいなって。なるべく安易なフィクションには乗っからないようにしようって思っています。
峰:フィクションだからこそ大事にしなければいけないリアリティはありますよね。それって譲ってはいけない矜持なのかもしれない。
【峰なゆか】
漫画家。アラサー世代の恋愛観やSEX観を冷静かつ的確に分析した作風が共感を呼んでいる。代表作『
アラサーちゃん 無修正』はシリーズ累計60万部超のベストセラー
【羽田圭介】
作家。2003年『黒冷水』で文藝賞を受賞しデビュー。2015年『スクラップ・アンド・ビルド』(文藝春秋)で芥川賞を受賞。最新作は『
成功者K』(河出書房新社)
(取材・文/倉本さおり 撮影/林紘輝)