表記統一へのこだわりは日本語の豊かな表現を失うことにならないか?【鴻上尚史】
― 週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史> ―
ネットで偶然、自分の小説『八月の犬は二度吠える』の感想を読みました。ほぼ好評なのですが、「編集者がちゃんと仕事をしていない。初版だからだろうか。それがとても残念です」という表現がありました。
初版の編集者の仕事とはなんだろうと考えて、はたと「校閲」のことじゃないかと思い至りました。昨今、ドラマにもなった校閲です。
で、それはまずは、「表記の統一」ということになります。
ああ、一般の人までこんなことを言うようになったのかと(その人が同業の編集者とは思えなかったので)とても暗い気持ちになりました。
今、僕は4月に中編を2編まとめた小説本を出すために、ゲラをチェックしています。(ゲラというのは校正・校閲用の試し刷りの原稿のことです)
で、ゲラにはびっしりと校閲ガール(じゃなくてマンかもしれませんが)の書き込みがあるのね。
例えば――
「何!」と男は叫んだ。
「なにを言うのさ」女はむくれた。
「ナニッ!」神経質な声が聞こえてきた。
……なんて表記があると「何・なに・ナニ」の三種類が統一されていない、以下のページで不統一、なんて書き込まれるのです。
「何!」の横にP17、P35、P59……と「何」と書いたページ数がずらずらと続き、その横に「なに」と表記されているのはP28、P49、P89……と延々と並び、さらにその横に「ナニ」P19、P39、P88……と書き込みが続くのですよ。
大変な仕事です。頭がいつも下がります。が、感謝しながら同時に僕は激しく葛藤するのです。
僕は、22歳の時から手書きで台本を書き始めました。俳優に自分のイメージを伝えるために、あらゆる方法を使いました。激しく言って欲しい時は、原稿用紙のマス目一杯に文字を書きました。静かに言って欲しい時は、丁寧な字で書きました。それは、狙ったというより、自然にそうなりました。
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