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就活50連敗、教育実習をクビ…でも外資系ITに内定したキャバ嬢



教職課程で起こしたあり得ない失敗


 就職活動だけでなく、私は教職課程を勉強していたため、6月に教育実習がありました。通常は母校で教育実習をするのですが、当時の私は中学校での素行が悪かったため、地元の母校に拒否されてしまいました。

 困っていると、担当教授が「都内の中学校はどうか?」と、受け入れ先を探してきてくれました。その申し出を喜んで受け入れ、「数学の授業をどうやって組み立てようか」と張り切っていたその矢先に問題は起きました。

 その日はとても暑い日でした。週末に行われる体育祭の練習に立ち会っていた私は、お手伝いで長縄跳びを回し続け、とても疲れていました。そこで、教育実習生が集う部屋には喫煙スペースがなかったので、校舎の裏で一服してから部屋に戻ろうと思いました。

 すると、さっきまで一緒に長縄跳びをしていた生徒たちが集まってきたのです。「先生、タバコちょうだい!」と生徒たち。今思えばとんでもないことですが、当時の私は何ら疑問を抱くことなく、5人にタバコを一本ずつわたして、キャッキャとお話をしていました。

 ちょうどそのとき、受け入れ先の教頭先生が長縄を片付けに体育倉庫の裏に来ました。彼はタバコを手にした私たちの姿を見て、ギョッとしたかと思うと、すぐにいなくなりました。1時間後、私の担当教授が菓子折りを持って飛んできました。校長先生も、教頭先生も、担任の先生もとても怒っていました。

自己嫌悪で頭がどうにかなりそう


 教授は土下座せんばかりに平謝りでした。私たちの謝罪は報われることなく、教育実習は即刻中止、教授と一緒に学校を去ることになりました。事の大きさを知った私は、帰りの電車の中で「ごめんなさい」と言ったきり、ずっと黙り込んでいました。自己嫌悪で頭がどうにかなりそうだったのを覚えています

 帰り際、教授は私にこう言いました。「どうしても学校の先生になりたいなら、もう一度、教育実習の受け入れ先を見つけてきてやる!」。本当に学生思いで、いい先生だと思いました。でも、就職活動に惨敗し、母校に断られ、探してきてもらった中学校もクビになった今、また新しい中学校に行って教育実習をする元気はもう残っていませんでした。

「もう大丈夫です。学校の先生は諦めます」。そう言って、私はトボトボと家に帰りました。

 さて、ここまでが悪い波です。その日から家でふさぎこんでいたら、いい波に乗れることはなかったでしょう。ですが、私はそこで気を取り直して、それまで働いていた銀座のクラブで、また働きはじめることにしたのです。数日がたったある日、勤務先の銀座のクラブにITコンサルタントのお客さまがいらっしゃいました。

悪い波のときは次のいい波への準備を


 彼の態度や話をしてみて、私は初めて「ITがかっこいい」と思いました。そして彼は、外資系企業には英語力がまったくなくても入社できる道はあることを教えてくれました。もう一度、外資系企業を受けてみようと思いました。

 何か特別なことをしたわけではありません。「私はキャリアウーマンになれる!」とピンヒールを履いて、ファイルを抱えてエレベーターに駆け込む自分の姿を毎日、思い描きながら寝るようにしていたくらいです。面接してくれたのは、牛久保さんという銀座のクラブで出会った彼と同じ空気が流れていた人でした。

 そこで私は初めて「銀座のクラブでがんばったこと」を、堂々と話すことができました。牛久保さんは「ぜひ入社してください」と、ニコニコ笑って握手してくれました。握手には力がこもっていてとても嬉しかったです。

 そして1週間後。私は生まれて初めて、内定通知を受け取ることができました

 人に嫌われたり、拒絶されると落ち込みます。でも、本当にいけないのは、その嫌われたり、拒絶されたりしている期間に、腐って何もやる気が起きなくなること。そして、自暴自棄になって自分を傷つけたり、自信がなくなって身動きが取れなくなったりすることです。

 悪い波のときは、誰にでもあります。ですが、悪い波のときは、次にやって来るいい波への準備をしなければなりません。何の準備もせずにいい波を迎えると、案外、本領が発揮できなかったりします。

 悪い波のとき「どうしてうまくいかなかったのか?」「どうやったらうまくいったのか?」を考えて、トレーニングしていたことが、いい波がきたときに生かされます

 自分を無理に作り変える必要はありません。どんな人でも「あなたの本来のよさ」を持っています。それをストレートに表現できれば、好きだと言ってくれる人が現れます。でも、あなたの持ち味を初対面の人にわかりやすく表現できるようになるのは、悪い波が来ているときに積み重ねた「トレーニング」であり「慣れ」次第なのです。<文/内野彩華>

【内野彩華】
新宿歌舞伎町キャバクラ「アップスグループ」オーナー。株式会社アップス代表取締役社長。津田塾大学卒業。25歳のとき、当時勤めていた外資系IT企業をやめて、歌舞伎町にキャバクラを開業。現在、歌舞伎町にキャバクラを4店舗、銀座にクラブを2店舗展開するまでに。キャバ嬢の育成やキャバクラの立ち上げ、経営改善のコンサルティングなども行い、グループ年商は10億円にもおよぶ

新宿歌舞伎町キャバクラ「アップスグループ」オーナー。株式会社アップス代表取締役社長。津田塾大学卒業。25歳のとき、当時勤めていた外資系IT企業をやめて、歌舞伎町にキャバクラを開業。現在、歌舞伎町にキャバクラを4店舗、銀座にクラブを2店舗展開するまでに。キャバ嬢の育成やキャバクラの立ち上げ、経営改善のコンサルティングなども行い、グループ年商は10億円にもおよぶ
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