マサ斎藤 アメリカでいちばん有名なSAITO――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第43話>
AWAの本拠地ミネアポリスでの斎藤の知名度はひじょうに高く、地元のバーには“ミスター・サイトー”という名のカクテルがある。
ペパーミント・シュナップスとベイリーズ・アイリッシュクリームのミックスで、あまりにも甘いため、チェイサーとしてビールをよこに置くのが正しい飲み方とされる。
“ミスター・サイトー”の由来は、斎藤のよく日焼けした褐色の肌の色と“スウィートSweet(やさしい)”と形容されるその性格といわれている。
斎藤のレスラー人生を“一時停止”にする大事件がAWA在籍中に起きた。
ホテルで同室だったケン・パテラが警官との乱闘事件を起こし、これに巻き込まれた斎藤も公務執行妨害と傷害罪の現行犯で逮捕された(1984年4月6日=ウィスコンシン州ワカシャ)。
裁判では求刑2年の有罪判決が下され、斎藤はウィシコンシン州の刑務所に収監された。日本の友人、知人たちは永住帰国を勧めたが、アメリカのグリーンカード(永住権)を取得していた斎藤は「これからもアメリカに住むから」といって実刑を選択した。
17カ月間におよぶ刑務所での規則正しい生活は、斎藤にとって一種のオーバーホールの役割を果たした。1986年12月、44歳で出所した斎藤はそれからさらに13年間も現役生活をつづけた。
服役中にひとつだけ心変わりしたことがあった。それは、プロレスラーとして最後のひと花を日本のリングで咲かせたいという気持ちだった。
それから1年後、昭和の最後の名勝負として語り継がれるアントニオ猪木との“巌流島の決闘”が実現した(1987年=昭和62年10月4日)。
斎藤はそのまま新日本プロレスと契約。1990年代には取締役・渉外担当に就任し、外国人選手のブッカーとして活躍した。
引退試合の相手は、斎藤自身がミネソタで発掘し、日本で育てたスコット・ノートンScott Nortonだった(1999年=平成11年2月14日、東京・日本武道館)。
●PROFILE:マサ斎藤Masa Saito
1942年(昭和17年)8月7日、東京都出身。本名・斎藤昌典。東京オリンピック出場後、1965年(昭和40年)、日本プロレスでデビュー。1966年(昭和41年)、東京プロレスに移籍。1967年(昭和42年)4月、渡米。アメリカではサンフランシスコ版NWA世界タッグ王座、NWA・USタッグ王座、フロリダ・タッグ王座WWE世界タッグ王座など、日本ではAWA世界ヘビー級王座(1990年=平成2年2月10日、東京ドーム)、IWGPタッグ王座など数かずのタイトルを獲得した。バックドロップの名手で、この技はアメリカではサイトー・スープレックスと呼ばれている。1999年、引退。
※文中敬称略
※この連載は月~金で毎日更新されます
文/斎藤文彦
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※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス読本」と書いたうえで、お送りください。
※日刊SPA!に掲載されている「フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー」が『フミ・サイト―のアメリカン・プロレス講座』単行本になり、電波社より発売中です
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