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「別れ」は「成長」をもたらす。変化を嫌がってはいけない

卒業

「別れ」を成長に変えるには、変化を嫌がってはいけない

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第91回  3月といえば別れの季節です。卒業や転勤で今の人間関係から離れる人も多いと思います。自分ではなく、親しい相手が去っていくこともあるでしょう。別れは切ないものですが、だからこそ、そこに貴重な学びがあります。  その学びとは「自覚」です。自覚は異質に触れることで芽生えます。学校にしろ会社にしろ、コミュニティは同質な者の集まりです。そして同じ者同士で集まっている間は気づけません。外国に行くと、自分の国のことがそれまでよりもわかるようになるのと一緒です。  たとえば学校を卒業して友人と離れ離れになるのは、それぞれの進路が異なるからです。自分とは異なる道に進む人間に触れた時、私たちに「あいつはああする。では、自分はどうするのか?」という問いかけが生まれます。  先日、祖母が入院したという知らせがあって、実家に戻りお見舞いに行きました。祖母は認知症が進み、数年前に私のことがわからなくなっています。「見知らぬ人が来るとかえって混乱する」という事情もあって、祖母が暮らすグループホームからも足が遠のいていました。  その日も会話ができる状態ではなかったのですが、ふと、じっと視線が交わる時間が長く続きました。それから私が軽く手を振ると、祖母も手を伸ばし、私の手を握ってくれました。  祖母が私のことを自分の孫だとわかっていたのかは定かではありません。ただ、手を握った時の感触はきっと一生忘れないと思います。その時、私は自分が元気なうちにやるべきことがあると思いました。そう思ったのは生と死という、もっとも根本的な別れの予感に触れたからです。  幸い、祖母はまだ入院中ですが持ち直してくれました。ただ、それは結果論です。もしお見舞いに行かなかったら、私と祖母が手を握ることも、こうして祖母から何かを受け取った気持ちになることもなかったのかもしれません。前日の夜遅くに母から連絡があり、早朝の新幹線に乗って面会し、翌日には帰る慌ただしい日程でしたが、会いに行ってよかったと心から思いました。
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別れはいつか必ずやってきます
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