更新日:2023年04月27日 10:48
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薬物裁判で「これは本当に尿なのか?」と熱く議論。弁護士はお茶を出したASKAの事例も出してきて…<薬物裁判556日傍聴記>

「人間の尿か確認できません」

 この冒頭陳述を見る限り、なかなか被告が否認することだけで覆すのは難しいことのように思われますが、弁護人が繰り出した論拠は、まさかの内容でした。 裁判官「いま鑑定嘱託書、鑑定書も不同意となっています。これはどういう主旨になりますかね? 例えば違法収集証拠とか、もしくは鑑定の正確性を争われるものですか?」 弁護人「鑑定には尿のpH(水素イオン指数)が付いていません」 裁判官「尿のpH……」 弁護人「だから人間の尿かどうか確認ができません。人間の尿のpHは約6.5から7。弱酸性でございますので。過去の例ではpH8という例がありまして、水道水であった例が確認されています。最近のASKAの例もそうです」 裁判官「弁護人の主張は、となると……」 弁護人「pHがないから人間の尿か確認できないということです」 裁判官「被告人の尿が鑑定されたかもわからないということですか?」 弁護人「そうです。水道水はpH8程度です。そして古い尿はpHが上がっていきます。したがって他人の尿を使った場合もわかります。これは千葉県の科捜研だからかもしれませんが、東京のほうの科捜研はpHは書くことになっています。それはもちろん尿であるという証拠ですから」 裁判官「検察官、そういう証拠を開示できますかね?」 検察官「ちょっと今お答えすることはできないです」 裁判官「調べてください。いま弁護人の疑問点として、尿のpHがついていないのが問題であるとの指摘がありましたので、場合によって新たな証拠として作成されるのか、それとも今の証拠で請求されるのか、まあ疑問がある場合は請求されたほうがよいかもしれませんね。ちょっとご検討ください」 検察官「あと、領置調書(押収した証拠に関しての調書)についても不同意があるんですけど、この点にはどういった意図で?」 弁護人「過去には、鑑定のところに持ってこられた尿が冷凍されていた例があったんです。つまり古かった他人の尿だったんです。だから、その尿が、どこに保存されて、誰がどうやって持ってきたかが大事なんです」 裁判官「pHがないことで、被告人の尿との同一性が疑わしいと?」 弁護人「そうですね。他人の尿を持ってきたんじゃないとか」 検察官「では、尿の採尿過程で、ご自身が尿を任意提出したこと自体は争わない主旨ですよね?」 弁護人「任意提出の行為はありました」 裁判官「そこは尿を出したってことですね。場合によってはご自身が尿を出さなかったという主張もあり得ると思うんですけど」 弁護人「それはないですね。それと鑑定された尿が同一であれば問題ないです」  裁判開始早々の証拠調べから「尿」についてハードな論争が繰り広げられることになりました。裁判傍聴をしたことがない人からすれば「何を大真面目に争っているんだ?」と思われるかもしれませんが、過去にはASKAが尿検査の際に「お茶」を出した例もあり、本件に関しても他人の尿であることは否定できないのです。  とはいえ、この弁護士はこの後もこうした論戦を挑みますが、判決は「主文、懲役2年6ヶ月。未決勾留日数270日をその刑に算入するものとする。大麻没収」の実刑。大麻の所持と覚せい剤の使用の容疑をくつがえすことができなかったようです。      ***  弁護人の抗弁にも関わらず、被告が実刑判決を受けた大きな理由は、被告には前科があったということだろう。もし、前科がなければ判決は変わっただろうか。もちろん弁護人とて、本当のところ被告が真っ白とは思っていなかっただろう。とはいえ「pH」という証拠の記載がなかっただけで、これだけのツッコミどころを作ってしまうのが、薬物裁判である。次々に逮捕される有名人の法廷劇では、弁護士たちはどんな突破口を探るのだろうか。 <取材・文/斉藤総一 構成/山田文大 イラスト/西舘亜矢子>
自然食品の営業マン。妻と子と暮らす、ごく普通の36歳。温泉めぐりの趣味が高じて、アイスランドに行くほど凝り性の一面を持つ。ある日、寝耳に水のガサ入れを受けてから一念発起し、営業を言い訳に全国津々浦々の裁判所に薬物事案の裁判に計556日通いつめ、法廷劇の模様全文を書き残す
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斉藤さんのnoteでは裁判傍聴記の全文を公開中。 (https://note.com/so1saito/n/ne391a6864d0b)
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