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『鬼滅の刃』の炭治郎たちはなぜ「怒り」を力に変えられるのか?

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第171回 刀『鬼滅の刃』(集英社)という大ヒット漫画があります。家族を鬼に殺された主人公の竃門炭治郎が宿敵を倒し、鬼になってしまった妹を人間に戻そうとする冒険譚です。  主人公の炭治郎が所属する『鬼殺隊』はその名の通り、鬼を狩ること目的とした集団です。その隊員の多くは家族を鬼に殺されていて、鬼に対する怒りが、死力を尽くして戦う原動力になっています。  鬼殺隊の冨岡義勇は、家族を殺されて妹が鬼になって絶望する炭治郎に対して、「惨めったらしくうずくまるのはやめろ!!」とわざとつらく当たります。しかし、その胸中では「怒れ。許せないという強く純粋な怒りは手足を動かすための揺るぎない原動力となる」と鼓舞していました。彼の働きかけによって、「妹を殺さないでください」と懇願するだけだった炭治郎は、武器を持って戦う決断をします。  同じ鬼殺隊の胡蝶しのぶは、自分の姉を殺した鬼と戦っている時に、「怒ってますか?」という炭治郎の問いかけを思い出します。そして、「そう私怒ってるんですよ炭治郎君。ずっとずーっと怒ってますよ。親を殺された。姉を殺された。カナヲ以外の継子も殺された。あの子たちだって本当なら今も、鬼に身内を殺されていなければ今も、家族と幸せに暮らしていた。ほんとに頭にくる。ふざけるな馬鹿」と回想します。  怒りを原動力にしているのは、主人公や鬼殺隊だけではありません。敵対している鬼もまた、人間だった頃に強烈な怒りを体験しています。猗窩座という鬼は人間だった頃に、世話になっていた拳法の師匠とその娘を毒殺されました。激怒した猗窩座は毒殺を謀った剣術道場に殴り込んで道場生を皆殺しにして、その帰り道に鬼の親玉である鬼舞辻無惨と出会い、鬼へと変貌させられます。  その時のことを思い出した猗窩座は、「弱い奴が嫌いだ。弱い奴は正々堂々とやり合わず井戸に毒を入れる」と回想します。弱者に対する怒りが、弱者を嫌い、強者を好み、ただ強くなること望む修羅の道を進む原動力になっているのです。
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現実でも怒りが原動力になる
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