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編集からもらったカネで打つ爆速パチンコ台「大工の源さん」

―[負け犬の遠吠え]―
ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。 それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。 「マニラのカジノで破滅」したnoteで話題になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載。  今回は初めて原稿が提出できなかった犬さんと編集の話です。 犬のツイッタープロフィール=====

無職記念日がもうすぐやってくる

 8月に入ると、僕が無職になってちょうど1年経つことになる。最近知り合った人にはよく言われるのだが、僕の無職歴は意外と短い。  20代初期の頃に作った借金200万前後とダラダラ付き合いながら、それでも普通に飲み食いして、普通に後輩ができて、普通に飯を奢ったりする生活ができた。月の返済は5万円弱。社員寮に住んでいて家賃が2万円だった当時の僕にとってはそれほど苦しい金額ではなく、借金を飛ばしてやろうなんてズルいことをわざわざ考えるような状態ではなかった。  奴隷体質の僕は決まった時間に決まった仕事をする方が向いていたのだが、配置換えで会社の方向性を考えたりする必要が出てきて、少しずつ窮屈に感じていたのかもしれない。  金のことを考えるのがとにかく嫌になっていった自分の給与や従業員の給与を考えていく時に発生する、雇用する側とされる側との駆け引きがダメだった。給料を上げたい従業員、できるだけ安く使いたい会社。どちらの言い分も十分理解できるし、どちらの言い分も聞くに耐えなかった。前向きであればあるほど、より良い環境を目指せば目指すほど、この駆け引きは発生せざるをえない。そうして「社会」はより強く、より理想に近づいていくのだろう。合わなかった僕が悪い。  仕事を辞めた瞬間の高揚感は今も微かに残っている。僕の場合はすぐにどん底に落ちていったが、それでも最後に働いていた瞬間よりも過ごしやすいと思っていた。  1ヶ月経ち、まだ働きたくなかった。日雇いのアルバイトはしていた。昼にファミレス、夜に工事現場で働いていた。工事現場のバイトの方が一番好きだった。上京してからずっと接客業だったので、不特定多数の人間と顔を合わせなくて済むのが良かったのかもしれない。  3ヶ月経ち、まだ働きたくなかった。アルバイトの数は減らした。目覚まし時計で起きたくなくなっていた。工事現場の人たちと仲良くなって随分働きやすかった。働いていると言うよりはジムに通っている感じだった。  半年経ち、まだ働きたくなかった。世の中から日雇いの仕事が消えた。テレビでは家から出るなと言っていた。僕は世界を言い訳にして家から出なくなった。  9ヶ月経ち、もう借金の返済もままならなくなっていた。そろそろ働かないとマズい。そんな時にこの連載の話をもらった。ブログの記事を書いて欲しいという依頼も何件か来た。僕はめちゃくちゃ運がいい。友達以外にも日記がウケたのが嬉しかった。生まれて初めての内職だ。  日記を書くのは好きだったので、一週間に一度、ある程度の文量を書くのは難しくないと思った。まあ、難しかったのだが。  奴隷として8年近く働いてきた僕にとって、「好きなタイミングで仕事をしていい」という状況は手に余った。そんなもの、直前になって忙しそうにするに決まっている。 「借金と貧乏」という一つのテーマで何本も日記を書く能力もなかった。元文芸部でもなければライターとして副業をしていたわけでもない。元野球部で、大抵の困難を徹夜残業で解決していた脳筋だ。  そうして少しずつ書くネタが切れていき、締め切りに遅れていった。 「返済どころか生活も間に合わないのに、そんなこと程度でパンクするのか」  と思う人が大半だろうが、世の中には想像を絶するほど意志の弱い人間がいる。
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束縛は怠惰者の味方
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