青春回帰のために五輪に執着する老人たちの醜さ/鈴木涼美
JOC(日本オリンピック委員会)の臨時評議員会で、大会組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」と発言したことが、女性蔑視であるとして国内外の批判を集めた。森会長は4日に記者会見を開き、発言を謝罪・撤回したが、会長職を辞任する考えはないとの意向を示した。
時々、横浜の関内に住みたくなって、気がつくと物件情報などを集めていることがある。別に仕事に便利なわけでも、想い人が住んでいるわけでもなく、単に横浜に住んでいた時の私の生活が面白おかしいものだったからだ。
横浜の街は安いマンションに住んで高い時給のキャバクラで働く19歳の私に、欲しいものを全部くれた。そしてもちろん、あの頃が楽しかったのは、街そのものがオシャレだからでもエキサイティングだからでもなく、私の傍若無人な若さと、’90年代の名残色濃いその時代と、水商売の狂乱があったからなわけで、今の私が住処だけ用意したところで、その熱が戻ってくるわけもない。それがわかっているから、物件情報を捲る手を止めて、元のつまらない生活を受け入れる。
あらゆる世界の理を破壊し、多くの人を追い詰めた新型コロナウイルスだが、見落としがちだった事情を明るみに出すという意味では百害あって一利か二利はあったと思うことがある。
緊急事態宣言の延長でいよいよ信号が限りなく赤に近い橙色に変わった五輪開催だが、ここにきて、そもそもどうして五輪招致なんてしたんだっけと思い直す人が増えた。
かつての東京や北京のような都市発展の証が欲しいわけでもなく、ロンドンのような明確なスローガンもない。各所老朽化しつつある都市の更新が必要なのは確かだが、パンデミックがなければすでに閉幕していた大会で、都市の未来図が明確に示されたような感触はない。
昨年は「八百万の神よ英知を与えたまえ」と言っていた某組織委会長がJOCの臨時評議員会で「女性理事がたくさん入っている会議は時間がかかる」といった趣旨の発言をして国内外から非難されている。
少なくともスピーチの能力に関して神からの英知は与えられなかったようだが、重要なのは、五輪開催に情熱を燃やす彼の熱源が、スポーツでも未来の都市計画でもなく、自分が20代だった頃に華々しく開かれたかつての東京五輪とその時代へのしつこい執着にあることが再確認されたことだ。
高度経済成長期の只中、明日は今日より豊かだと誰もが信じ、会議にはうるさい女性の姿なんてなくて、オンナは男を潤し賑やかし甘やかしてくれた、そんな時代。生まれていなかったこちらとしてはその熱狂は想像しかできないが、彼にとって忘れ難いほど面白おかしいものだったことは間違いない。そしてもちろん、五輪招致したところでその享楽が再び手に入ることなど本当はない。
日本を神の国だと言っていたお年寄りの現状認識が前近代的でも女性蔑視的でも最早誰も驚かないが、石原慎太某や森喜某の青春回帰のために、これから私や私よりさらに若い世代の者たちが何十年も生きていくための都市を明け渡したくない。
都市更新でも東京の再興でもなく、古い価値観の復興を神頼みするような人に旗振り役を任せている国で、賑やかな祭典などしても未来は開けないと、八百万の神が言ったかどうかは知らないが、少なくとも競争意識が強くて話が長い六千万の女性のうちの一人としては、強調したいところだ。
※週刊SPA!2月9日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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