第336回

11月5日「物語の源泉は今どこに」

・オリジナルストーリーの最大の生産地は、この30年間はマンガ雑誌だったということになる。その前、60年代くらいまでは何だったか。文芸誌? 週刊誌? 否。新聞だったのだ。昭和時代はどの新聞も4~5本の小説を毎日連載していて、それらを多くの人々がちゃんと毎日、読み続けていたのである。ブームになり、ムーブメントになり、ベストセラーになり、ドラマや映画になる物語の大半はそこから生まれていたのだ。

・今のマンガのパワーの源は、毎週待たれ毎週展開していくその速度にある。それと同じように、当時の新聞は「日刊」ペースゆえのエネルギーを持つことができたんじゃないか。そういえば以前、『バガボンド』の原作『宮本武蔵』の魅力の要因は、それが新聞小説として、毎日読まれることを前提に毎日書かれたことにあるんじゃないかという話を書いた。星新一も絶頂期には新聞小説を書いていたのである。

・しかし今、毎日書けて毎日読んでもらえるメディアは、新聞ではなくネットになっていると思う(謎のひきこもり・日月時男くんのブログも毎日続いてるので見に行ってやってください)。

11月6日「ネットカフェ難民とか言うな」

・椅子はふかふかだしシャワーもあるし、今のネットカフェは僕が1980年代に暮らしていたぼろアパートよりずっと清潔で快適だ。そして情報量は今の僕の仕事場よりもリッチかもしれない。マンガや雑誌や新聞の最新号が揃い、ハイスペックのパソコンでネットサーフィンやオンラインゲームが楽しめる。

・ていうか僕が今18歳だったら間違いなくここで暮らしている。路上生活と違うところは、ここからなら、その膨大な情報量によって再スタートが可能であることだ。お金がないうちはニコニコで見ていても、いつか稼いでブルーレイ版を買おうってこと。

・問題は、快適すぎることだと思う。安住してしまおうと思ったらこれほど楽な場所はないのだ。オタク世代には低所得層にも老後問題はない。そのうち老人向けの安楽ネットカフェができるに違いないからだ。

11月7日「グーグルアース時代の大自然」

・『アース』試写。『ディープ・ブルー』のスタッフが再集結し(というか、再び世界に散り)、ネイチャードキュメンタリー映画史上初めて全編HDで仕上げた作品。

・世界に数台しかない防振装置、1秒間に2000フレームを撮影できるハイスピードカメラなど、現在まだ実験室用レベルの最先端機材を、大自然のただ中に持ち出している。撮影日数のべ4500日、ロケ地200カ所以上。手間のかけ方は尋常ではない。

・どんだけ待ったらこれが撮れるのかと仰天の奇跡的シーンに満ちている。シロクマの子供が生後初めて雪穴から出てきた瞬間。生まれたばかりの子に泳ぎを教える巨大ザトウクジラ。水面にジャンプしながらアザラシを頭から丸かじりにするホオジロザメ。ライオンと象の本気の闘い(どっちが勝つと思いますか?)。据え付けたカメラをコンピュータで正確に動かしながら決定的なその瞬間が訪れるまで何ヶ月も回し続ける。フルデジタルだからこそ可能な方法だ。アナログ時代なら例えばフィルムがいくらあっても足りなかったわけである。

・宇宙に漂う水の惑星・地球を見渡すところから始まる。そしてどのシーンもものすごく高い空撮映像からぐいぐい視点をおろしていき、そこから草原へ、森林へ、氷原へ、深海へ、動物たちの生活領域に文字通り肉薄していくのである。グーグルアース的な視野を持ってしまった現代人に、地球全体を見る目線と、一つ一つの命を見る目線を繋いでくれる。そういう力を感じた。こういう映画ならユーチューブやニコニコに全編上がっていても劇場まで行くよね。

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2007.11.18 |  第331回~

PROFILE

渡辺浩弐
渡辺浩弐
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。